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数と数字の現場は「いつ」「どこで」
2015年12月31日(木)22時35分
緯度 35.685175°、経度139.752799°
「いつ」と「どこで」こそ、数と数字の現場です。
時間、暦、地図は個人のものではなく、基本的に国家が作るものです。国家は国境線とともにあり、そのエリアの暦を作るために天文台を作ります。
数と数字の現場である「いつ」と「どこで」を手にいれるための必要なものが、小学校、中学校、高等学校で学ぶ数学です。
「いつ」と「どこで」を結ぶフィールドこそ我が地球です。
1秒は地球の自転周期の86400分の1、1mは北極から赤道までの子午線弧長の1000万分の1と定義されたことからわかります。どちらも「計算」することで初めて私達の前に現れてきました。
すべては私達が地球上で安心して便利に生きるためです。いったい、人類は正確な時計と精密な地図を手にするまで、どれほどの時間を費やしたのでしょうか。
時計と地図を作り上げるのに必要な目に見えない道具が「数」です。この数を操る高度な技(わざ)、計算が数学です。
目に見えない数を操る技、数学もまた見えない存在です。それが数学の難しさの根源です。
私達人類は、目に見える時計と地図を作るために、目に見えない数学を同時に作ってきたということです。
サイン、コサイン、タンジェント
サイン、コサイン、タンジェントという言葉は、リズミカルな響きを持つ反面、学ぶにはいささか面倒でけっして容易ではない正体をもちます。
これら三角関数こそ、星の軌道と地球を測るために二千年以上昔に考え出された言葉です。
地図を作るための三角関数は、二千年の間に地図を作ることの枠を超えて数学の世界を開拓する強力な道具に進化してきました。
サイエンス、エンジニアリング、テクノロジーのあらゆる分野に必要とされる言葉になっています。
サイエンスナビゲーター、誕生
私は2000年にサイエンスナビゲーターに変身しました。
当時、大学院に行きながら予備校で高校生に数学を教えるアルバイトをしていました。受験のためだけの数学を高校生に教えることに、得も言われぬ違和感を感じながら教壇に立っていました。
高校生は、サイン、コサイン、タンジェントと3年間付き合います。
1年生で三角比としてのサイン、コサイン、タンジェントに出会い、2年生で突如、三角比は三角関数に変身し、おびただしい数の公式が目の前を通り過ぎていきます。
そのせいで、高校生の中には数学を学び続けることを断念する者も出るほどです。理系に進んだ3年生は、微分積分の中でさらなる三角関数との深い付き合いをさせられます。
高校生は叫びます。「なぜこんなに三角関数を勉強しなくちゃいけないのか!三角関数は将来自分の人生になんの役に立つというのか!」と。
現場の数学の先生たちは生徒たちのこの問いにまじめに返答したくても、受験指導優先の現実がそれを許しません。ついぞサイン、コサイン、タンジェントの物語は語られることなく高校数学は終了します。
数学は受験のためだけにあるのではないことは明らかです。にもかかわらずわが国では、多くの子どもたちが数学の試験に翻弄される厳しい現実があります。
そのような状況におかれた高校生を目の前にして、サイエンスナビゲーターは誕生しました。授業で取り上げられることがほとんどない「数学とは何か」というテーマを語り始めたのです。
ジョン・ネイピアとの出会い
数学は人によって作られ、そこには過去・現在・未来があること。数学とは物語であること。数千年の時を越えて世界中で1ページずつ真実だけが綴られてきた途方もない分厚い書物こそ数学なのだと。
人が紡ぎ出した壮大なる物語 -数学- を「教える」のではなく、「語る」ことの価値に気づいたのです。
「人と星とともにある数学」を語るサイエンスナビゲーターの誕生のきっかけは、対数の生みの親であるジョン・ネイピアとの出会いでした。
私が高校で対数を初めて習った時、その意義の不明瞭さに怒り心頭でした。2^3=8を3=log_2 8と書き換えることの目的が全く理解できませんでした。
そんなときタイミングよく1冊の数学書の中でネイピアの記述を見つけました。
ジョン・ネイピアは400年前、スコットランドの城主であったこと。ネイピアが考案した対数は、天文学者が行う天文学的計算を克服するためだったこと。その結果、大航海時代の船乗りの命を救うことにつながったこと。そして、ネイピアは後半生の20年をかけて対数表を完成させたこと。
すべてが、私にとって青天の霹靂でした。私は予備校でネイピアのことを高校生に語り始めました。
ついには講演作品「ジョン・ネイピア対数誕生物語」に結実しました。舞台で、映像と音楽を駆使し、まるで映画のように数学を語る新しい講演スタイルができていったのです。
すべてはネイピアの人生が映画のように感動的だったからです。さらには、数学以外の世界を数学という軸で斬っていく「数学エンターテインメント」が誕生しました。
星こそ、数学の原風景
はたして現在、サイエンスナビゲーターは1年に80回を越える講演を全国、世界で行っています。この数学エンターテインメントは対数から始まったのです。
「サイエンスナビゲーター」という言葉は、科学の道先案内人という意味ですが、肝心の「数学」が入っていません。
それは数学が嫌いな人に対して「数学」という言葉を使いたくなかったからです。ナビゲーター(航海士)は、船乗りの命を救おうとしたネイピアへの思いを重ねた言葉だったのです。
ネイピアと対数に導かれたサイエンスナビゲーターは、徐々に三角関数の重要性に気づいていくことになりました。発端はネイピアの対数が「三角関数の対数」だったことです。
三角関数の源流に流れる幾何学(geometry)とは、大地(geo)を測る(metry)を意味する言葉です。私たち人類の足下にある地球と天にある星こそが、数学の原風景だといえます。
三角関数とは、星の光に導かれて人類が手にした言葉だったのです。ネイピアによる三角関数と対数の関係は、数学者オイラーによってさらなる高見へと昇華することになりました。ネイピア数eの発見と微分積分学の建設です。
ところで、ネイピアとの出会いの前に私は三角関数に出会っていました。
関数電卓にsin31°の値が0.515038…とはじきだされる風景です。「なぜsin31°が計算できるのか」。小学校6年生の疑問は、その後私を実に様々な風景に運んでいってくれるものになりました。
本連載は数学の風景を人類が歩んできた数学の風景に、サイエンスナビゲーターが眺めてきたそれを重ね会わせて語っていきます。
数学ってどこからきたんだろう?
歴史をふりかえるとき、数学の居場所は見えてくるひとはなぜ数学をするのだろう?
はじめに心あり計算とは旅
イコールというレールを数式という列車が走る旅人には、夢がある
ロマンを追い求める果てしない計算の旅
まだ見ぬ風景を探しに、きょうも旅はつづく