本記事は、空間情報シンポジウム2019での東京大学 空間情報科学研究センター 空間情報解析研究部門 小口高教授のご講演「地理情報システム(GIS)と地理学の教育と人材育成」から、ご本人の承諾を得て一部抜粋し記事化したものです。
目次
GISの父、ロジャー・トムリンソン
GISの概念を最初に形にしたのは、「GISの父」と呼ばれるカナダのロジャー・トムリンソンです。
カナダ政府で森林・農村経済開発に携わっていた彼は、地方の持続的発展のために地図をデジタル化してコンピュータに取り込むことを提案し、GISの設計書を書きます。
カナダの農村や山村での土地利用と環境を分析し、土地を適正に管理するには地図を紙ではなくデジタル化する必要があると考えたのです。
彼が1968年に書いた論文のタイトルは『A Geographic Information System for Regional Planning』(地域計画のための地理情報システム)とあり、GISが地理情報システムを示す言葉として初めて明確に使われた例だと考えられます。
彼の1967年の論文タイトルは『AN INTRODUCTION TO THE GEO-INFORMATION SYSTEM OF THE CANADA LAND INVENTORY』(カナダ土地目録のGEO-情報システムの紹介)とあり、ここでは地理情報システムが「GEO-情報システム」という言葉に変わっているので、当初は若干違いがあったと推測できます。
彼の偉大なところは、現在のGISで使われている概念の多くをこの時点で考案し、現在も活きているところです。
1967年の論文には「イントロダクション」というタイトルがついており、設計した新しい概念を紹介する意図が含まれていることから、当時は一種の教育や啓蒙が必要だったのでしょう。
GISとコンピュータの変革
トムリンソンのアイデアはさまざまな所で共感を呼び、カナダ政府や大手システム会社と協力してGISを構築しました。
しかし、当時最新のコンピュータを使っても処理速度やメモリ不足からGISは動作しませんでした。
一方、ハーバード大学が当時の技術でも動作するSYMAP(サイマップ)というGISに似たシステムを開発。SYMAPを使って、文字や記号だけが打てるプリンター(ドットインパクトプリンター)で分布図を描いた記録が残っています。非常に原始的なものですが、当時の環境下でも動いたシステムです。
1970年代もまだGISが本格的には動作しない時代でしたが、関連する動きが増えていきます。
例えば、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)はCADを発展させる研究を行っており、CADとGISは空間を座標で表現する点で共通していることがわかりました。
こういった成果もGIS発展に重要な役割を果たしました。(スライド画像に出ているオペレータはインフォマティクスの長島ファウンダー。)
1980年代になり、エンジニアリングワークステーションでGISが動くようになると、アメリカ各州でGISの導入が進みました。
この時代のワークステーションはOSにUNIXを使用していましたが、1990年代になるとWindows OSでメモリ128 MB程度のPCでもGISが動くようになり、さまざまなGISソフトウェアが販売されるようになりました。
1990年代になるとデータ整備も加速します。1994年にはアメリカ大統領ビル・クリントンが「空間データは国のインフラ(=NSDI※)である」とする大統領令を発しました。
NSDIを整備することが国の発展につながると提唱したわけです。これを機に、アメリカではデータを作ってインターネットで公開する動きが急速に進んでいきました。
※NSDI:National Spatial Data Infrastructure(国家の空間データのインフラ)の略
"システム" から "科学" へ
1987年、『International Journal of Geographical Information Systems』というGIS専門の学術雑誌(世界初)が出版されました。
これ以前にもGISに関する論文はあり、地理学や情報科学の雑誌には載っていましたが、専門の学術雑誌ができたことはGISが一つの学問分野として確立されたことを意味します。
現在、GIS関係の学術雑誌には多くの種類があり、インパクトファクター(学術雑誌の影響度を評価する指標)が付与されている一流雑誌も10種類程度あります。
先の1987年創刊の学術雑誌は1997年時と比べると、表紙・内容は同じですがタイトルが若干変わっています。
GISの最後のSは、もともとは “Systems” でしたが “Science” になりました。ここで “システムから科学” への変化が起きています。
この変化が起きた1990年半ばはWindows OSでGISが手軽に使えるようになり、さまざまな分野で応用を進めることが重要になりました。
システム開発はひと段落つき、これからは科学の諸分野でGISを使っていくんだという、当時の流れを反映しています。現在GISは地理情報システムでもあり、地理情報科学でもあるといえます。
GISのこれから
2000年代の大きな動きとしてインターネットと空間情報の融合が挙げられます。典型的な例がGoogleMapやGoogleEarthです。
2008年にスマートフォンが出てきて、この統合がよりフレキシブルになりました。
昔はGISでデジタル地図を作成しても、最後は紙で印刷するという形が基本でしたが、今は完成後すぐにインターネット配信やプロジェクタ投影ができます。その結果、デジタル地図の表示デバイスに関連した応用が進んでいます。
GISの進化で、地理空間データが初めからデジタルになっていると、定性的な情報の表示だけでなく、面積や高さ測定など定量的な分析ができるようになります。
GISは客観的な統計分析、地理空間分析が得意なので、学術分野はもちろん、マーケティングなどさまざまな分野にも応用されていくでしょう。
今後はインターネットサービスの枠を超え、より高度な分析も可能になると考えられます。
おわりに
GISでは
- ソフトウェア
- ハードウェア
- ヒューマンウェア(優れたオペレータ)
- ソーシャルウェア(コミュニティ)
が大事な要素ですが、今後はトレーニング、つまり教育分野での活用も重要になると思います。
GISは1970年代後半から欧米を中心に発展し、1980年代からは大学でも地理教育に取り入れられました。
アメリカでは大学だけでなく小中高でも地理教育の一環としてGISに関するイベントが開催されていましたが、日本ではGISの教育が相対的に遅れています。
2022年からの高校での地理総合必修化は、GISの利用を通じてオープンデータや自分たちが収集した調査データをもとに課題を分析する力を身に付けるトレーニングの場となります。
これは日本でのGIS・地理教育の発展にもつながる大きな動きだと思います。