目次
はじめに
このところ地図調製業界では、地図の位置精度と表現の関係はいかにあるべきかというテーマを巡り、あらためて熱い議論が交わされている。
2014年1月29日には「デジタル時代の地図表現 ~位置情報時代の地図のあり方~」と題したシンポジウムが開催され(主催:一般社団法人地図調製技術協会)、100名を超える聴衆を集めている。
カーナビや携帯端末での地図使用が一般化する時代にあっては、リアルタイムの測位成果(現在位置の表示など)や、他の事業者から配信される位置情報(POIデータなど)をうまく表現できる背景地図を用意しておかなければならない。
では、伝統的な地図編集技法の一端である「転位」や「総描」の概念は今後いかにあるべきか、という議論である。
転位と優先順位
地図編集での転位とは、本来描かれるべき位置(真位置)から、図式にもとづき意図的にずらして表記する技法のことをいう。
転位という技法について考えてみると、確かに地図は得られた測量成果をもとに、地物をありのままの位置(真位置)に描くのが基本である。
しかし一方で、地図には地上の地物を一定の狭い面積の中に縮小し、人間が目で見て地理情報として認識できるように表現しなければならないという宿命がある。
紙地図の場合は、紙と縮尺の大きさが決まっている。デジタルでも事情は同じで、利用者が使うデバイス画面の大きさと表示縮尺を無視した描画はできない。
よく引き合いに出される例は、新潟県の親不知付近の海岸部。
この付近では、山岳が海にせまり、海岸線・等高線・道路(国道、高速国道、一般道路)・鉄道などが折り重なるように並行しており、2.5万分の1クラスより小さい縮尺においては、すべての地物を真位置に描くことはできない。
図1:『MAPPLEデジタルデータ25000』新潟県糸魚川市親不知付近
高速国道、国道、JR線、県道が真位置より1.5倍ほどの幅に転位されている
この場合、官製地図の世界では、これらを重要度に応じて「転位」(相対的な位置関係を崩さないように記号を移動)することとなっており、順序は規則で厳密に決まっている。
第一に自然物(海岸線)を真位置におき、次に人工物(鉄道、道路)を転位させる。その次に無形線(等高線、行政界)を転位させる、という具合である。
鉄道と道路ではどちらが優先かというと、規則上重要度は同等であるが、実際には鉄道が優先されてきた。
一般に鉄道は(高速道路など高規格な道路が少ない時代は)道路よりも格段にカーブの曲率が滑らかなので、鉄道と道路が狭隘な個所で交差しながら並行しているような場合、道路を真位置に置くと鉄道が随所で不自然な屈曲を呈することになるので、これを避けたのである。
こうした転位とその優先度の考え方は、ここ50年以上変わっておらず、現在でも公共測量や測量士・測量士補の国家資格試験ではこの概念が踏襲されているようだ。
図2:転位の模式図
(『公共測量 作業規程の準則(平成23年3月31日改訂版) 解説と運用』より引用)
上図が現地の真位置、下図が地図上の描画位置。
自然物を動かさず、人工物、無形線を順次転位
測位技術の高度化と普及で優先順位に変化が
しかし時代は変わってきた。
以前、カーナビ地図を調製している会社の技術者に話を伺ったところ、同社では上記のような2.5万分の1以下における転位の優先(重要度)順位を既に変更し始めており、カーナビ用途を最重要視する観点から、まず第一に道路を真位置に置き、鉄道や自然物は優先順位を下げたとのことだった。
古い技術者にとっては驚きだろう。
カーナビの場合はマップマッチングという手があるから、道路を転位していてもある程度は表示に耐えるのだろうが、真位置に置くに越したことはないという考えだ。
昭文社では、国の測量成果を最大限尊重するという立場から、2.5万分の1以下の地図においては、現時点でも国の発行する基本測量成果(地形図等)に合わせるのを原則としている。
カーナビに限らず様々なGIS用途における汎用性を重視してきた結果であるが、今後の測量行政の方向、市場の声を踏まえて判断を進めたいと考えているところである。
【参考文献】
『地形測量・地図編集』西村蹊二・金沢敬著(森北出版発行)1961
『測量士・測量士補国家試験 受験テキスト』(公益社団法人日本測量協会発行)2010
『公共測量 作業規程の準則(平成23年3月31日改訂版) 解説と運用』(公益社団法人日本測量協会発行)2011
『地図ジャーナル』 (No.174) 新春号~特集:デジタル時代の地図表現~(一般社団法人地図調製技術協会発行)2014