コラム 地図を編む 地図制作の舞台裏

これからも伝えたい地図編集の心(2)

舟を編む

直木賞作家・三浦しをんの著書に「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2012年本屋大賞」を受賞した小説『舟を編む』がある。

2013年4月に同じ題名で映画化されているので(主演:松田龍平・宮﨑あおい)、こちらをご覧になった方もいるだろう。

舞台は1995年頃の国語辞典の出版社。

主人公の辞書編集部編集者が、編著者の老国語学者や同僚たちと数年かけて新たな国語辞典を編纂・出版するまでの物語である。

1995年頃という時代設定で、制作工程は、まだほとんどデジタル化されておらず、用例採集のカードや、原稿のやり取りもすべて紙ベースで行われている。

印象的なのは、辞書編集部に受け継がれてきた膨大な量の用例採集カードと、それを果てしなく補強し続ける編集者や国語学者たちの真摯な姿である。

地図を編む

おもえば地図の編集も、膨大な地物情報を収集し、規則に従って検索・閲覧可能な状態に精選・配列するという点では、同じような思考回路の産物なのかもしれない。

地図作成というと、まずは現地ということで、フィールド調査のイメージがある。しかし、収集した地物情報を有意な状態の地図にまとめるには、机上でのさまざまな資料による校合・編纂工程を要する。

当時の昭文社地図編集部にも、まだ膨大な紙の資料と格闘する地図編集者の姿があった。

一般に、地図は縮尺が大きければ大きいほどたくさんの地物情報を掲載することができるが、縮尺が小さくなると掲載する地物は取捨選択して絞り込まなければならない。

同じカテゴリーの地物でも、地図上では重要度により強調表示する必要がある。そのとき「どの地物を残しどの地物を捨てるか、そしてそれをどう表記するか」という課題がある。

当時の道路地図担当編集者は、一般読者が目にする道路地図上にどのような注記を掲載するべきか、日夜資料と首っ引きで、掲載基準作りと現物の地物の収集・吟味・整理・序列化にいそしんでいたものである。

神社や寺院

日本には全国いたるところに神社・寺院が存在するが、これをどう収集・掲載するか。当時の道路地図のデスクは、全国の神社・寺院に関する詳細な台帳を作成していた。

特に文化的、歴史的、観光資源的観点から、境内規模、遍路系列、開基者、開基年代、参詣者数などの指標を数値化してランク付けする。

国土地理院の2万5千分の1地形図には、たくさんの山の注記が収録されている。

さてこれを10万分の1、25万分の1というような地図上で選択表示し、重要な山は強調表示にするため、やはり「山台帳」を作り、100名山か否か、地域の名山に入選しているか、『山と高原地図』で登山対象になっているかなどの指標を立ててランク化し、表示の参考にしていた。

注記の採録・取捨選択の成果は、当時の出版物たる地図・地図帳に反映されたが、昭文社が現在提供しているデジタルコンテンツである地図データは、こうした紙時代の成果の上に構築されているのである。

20150227

図1:昭文社『マックスマップル関西』(10万分の1)京都付近

DBにはランクの高い古刹が無数に収録されているが、小縮尺で表示できるのは、この程度。取捨選択のセンスが試される。

おわりに

こうした地図編集の思いを込めた昭文社の地図データが、各種地図アプリケーションで効果的な地図表現が実現されているかというと、恥ずかしながらまだまだ最適な効果を出しているとはいえないのではないか。

今後は、本来地図表現に込めていたはずのさまざまな要素を、地図データ側で使いやすく提供できるよう準備を進めるとともに、地図アプリケーション側の皆さまとの地図表現を課題とした協働を実現したい。

【参考文献】
・『地図ジャーナル』 (No.175) 仲秋号 ~特集:地図を編集するとは? 一時代を築いた編集長たちに聞く~ (一般社団法人地図調製技術協会発行)2014年9月
・『船を編む』(光文社/三浦しをん著)※同書は文庫版も出版されているので、ぜひご一読を。
・光文社『舟を編む』 特設サイト

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飯塚新真(いいづかにいま)様

東京生まれ。1986年、昭文社入社。編集部都市地図課、大阪支社勤務を経て、地図編集部情報課長、SiMAPシステム部長、地図編集部長を歴任。現在、ソリューション営業本部長。

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