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関数電卓入門 その4|関数電卓でピアノの周波数を計算してみよう

マイ関数電卓コレクション#2(2005年) CASIO fx-991ES

前回「関数電卓で20.5を計算してみよう」では、指数の計算20.5の計算について取り上げ、指数計算の応用問題として次の2つを紹介しました。

  • (カンタンな問題)平均律の周波数を計算してグランドピアノ88鍵の周波数をチェックしてみる
  • (ムズカシイ問題)いったい関数電卓では20.5をいかにして計算しているのか。そのアルゴリズムとは?

今回は(カンタンな問題)の解説です。

ピアノの音律はピタゴラス音律ではない

2500年前に数学者ピタゴラスによって洗練された音律がデザインされました。ピタゴラスは、「弦の長さを2/3倍」に短くすることでつくられる2音がきれいに混ざること──和音を発見しました。

驚くべきことにこのルールによりドレミファソラシドの音階がつくられます。これがピタゴラス音律です。

ところが「弦の長さを2/3倍」のルールで音をつくっていくと、1オクターブ離れた音どうしの周波数がぴったり2倍になりません。これがピタゴラス音律の最大の弱点でした。

ルールがシンプルであることの反面、オクターブを重ねていくと音がずれていくということです。ゆえに現代のピアノはピタゴラス音律によって調律されていません。

ピアノは12平均律で調律される

紀元前に考え出されて以来、音のつくり方──音律の研究はピタゴラス音律の弱点を克服することを目標になされていきます。

ついに1636年に画期的な音律が完成しました。音階はドレミファソラシドの間に半音をはさむことで12音となります。

12音階 ド→①→ド#→②→レ→③→レ#→④→ミ→⑤→ミ#→⑥→ファ→⑦→ソ→⑧→ソ#→⑨→ラ→⑩→ラ#→⑪→シ→⑫→(ド)

画期的な音律は1オクターブどうしの2音の周波数がぴったり2倍になることを基本にデザインされます。それには、1音上がることに周波数が21/12倍にすればいいことになります。

①から⑫で周波数が21/12倍ずつ大きくなれば、
21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12×21/12
=21/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12
=(21/12)12=2¹=2倍
となる計算です。

理論上は単純ですがこの21/12の計算が簡単ではありません。多くの人々の努力により、17世紀に正確な計算が完了しました。それが12平均律(平均律)です。

関数電卓で平均律を計算してみる

ではその見事な結果を関数電卓で確かめてみましょう。ピアノ88鍵の中から1番目の最低音、88番目の最高音、そして基準音のラ(A4)を含むド(C4)からド(C5)を選んでみます。

まず隣り合う2音の周波数の比を計算してみます。40番目のドと41番のド#であれば、277.183÷261.626=1.0594627…。これを51番目と52番目まですべて計算して表に比の値を記録してみます。

はたしてこの12個の比率を眺めてみると気づくことがあります。すべて1.05946…ということです。

関数電卓21/12を計算してみます。

「2」「xy」「(」「1」「÷」「1」「2」「)」「=」
出力 1.05946309435

①から⑫で周波数が正確に21/12=1.05946倍になっていることが確かめられます。

ドとソの2音について周波数の比は391.995/261.626=1.49830倍です。ド→①→ド#→②→レ→③→レ#→④→ミ→⑤→ミ#→⑥→ファ→⑦→ソだから21/12倍が7つあります。つまり、21/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12+1/12=(21/12)7=27/12。これを関数電卓で計算してみます。

「2」「xy」「(」「7」「÷」「1」「2」「)」「=」
出力 1.49830707687

これは1.5に近い値です。平均律ではピタゴラス音律のドとソの関係(1.5倍)も小さい誤差で実現していることがわかります。

1番目の最低音ラ(A0)と88番目の最高音ド(C8)の周波数の比を計算してみると4186.009/27.500=152.2185…。1番目から88番目の間には21/12が88−1=87個あります。21/12+1/12+1/12+1/12+…+1/12+1/12+1/12=(21/12)87=287/12となります。

「2」「xy」「(」「8」「7」「÷」「1」「2」「)」「=」
出力 152.218510720

152.2185までぴったりです!

誰が平均律を完成させた?

平均律の計算を完成させたのが数学者マラン・メルセンヌ(1588-1648)です。メルセンヌ素数2n-1で知られるメルセンヌです。

メルセンヌは関数電卓ができるはるか昔に21/12の計算を完璧に行い平均律を完成させました。

マラン・メルセンヌ(1588-1648)

ピアノが奏でる美しい音楽は、ピタゴラスやメルセンヌといった数学者たちの計算による音律に支えられています。

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桜井進(さくらいすすむ)様

1968年山形県生まれ。 サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。 (略歴) 東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。 理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。 公益財団法人 中央教育研究所 理事。 国土地理院研究評価委員会委員。 2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。 全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。 著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。 サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。

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