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1905年、特殊相対性理論誕生 アインシュタイン方程式誕生10年前
現在、この宇宙を構成する力は4つ──重力、電磁気力、弱い力、強い力であることがわかっている。その中でアインシュタインが終生のテーマとしたのが重力。
1905年、26歳のアインシュタインは3つの理論──光量子仮説、ブラウン運動、そして特殊相対性理論を立て続けに発表。アインシュタインの奇跡の年と呼ばれている。ところがこの中に重力は含まれていない。特殊相対性理論の「特殊」とは本来あるべき重力がない特殊な宇宙を考えるという意味。
相対性理論とは「時空」を語る理論である。アインシュタインはこの宇宙が「4次元時空」であると結論づけた。ニュートンが考えていた時間と空間のイメージに対して大転換が迫られることになった。
時間、空間そして質量は、観測者がいる慣性系(静止または等速度運動している座標系)によって相対的なものであり、光速度cだけが不変であるというものである。はたして、アインシュタインの帰結──質量mとエネルギーEの関係「E=mc2」に世界は驚愕した。
1915年、一般相対性理論 新しい「時空」概念の誕生
アインシュタインの原稿最初のページ(1915年)
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:GeneralRelativityTheoryManuscript.jpg
重力がある宇宙が「一般」、ないのが「特殊」。アインシュタインの頭の中には、重力がある宇宙、つまり星同士が引き合う宇宙の背後に働く目に見えない仕組みのイメージはあった。
あとはそれを数式で表現すればいい。「特殊」の数学は簡単だったが「一般」はそうはいかなかった。重力を説明する理論の建設に必要な数学とは幾何学である。アインシュタインは人生で初めて数学を本気で勉強した。アインシュタインに数学を教えたのが、数学者マルセル・グロスマン(1878〜1936)である。
かくして1915年から1916年にかけて、新しい「時空」を語る言葉──リーマン幾何学を身につけたアインシュタインは「重力」を導く「一般」相対性理論の建設を成し遂げた。
それらが最終的にまとめられたのは1915年に発表した次の4つの論文
1.『一般相対性理論について』
“Zur allgemeinen Relativita¨tstheorie.” Preussische Akademie der Wissenschaften, Sitzungsberichte, pt. 2. p778-786. 1915
2.『付録』
“Nachtrag.” Preussische Akademie der Wissenschaften, Sitzungsberichte, pt. 2. p799-801. 1915
3.『水星の近日点の移動に対する一般相対性理論による説明』
“Erklarung der Perihelbewegung des Merkur aus der allgemienen Rlativita¨tstheorie.” Preussische Akademie der Wissenschaften, Sitzungsberichte, pt. 2. p831-839. 1915
4.『万有引力の場の方程式』
“Feldgleichungen der Gravitation.” Preussische Akademie der Wissenschaften, Sitzungsberichte, pt. 2. p844-847. 1915
『万有引力の場の方程式』p845(1915年)のアインシュタイン方程式(図中央)
出典:https://echo.mpiwg-berlin.mpg.de/ECHOdocuView?url=/permanent/echo/einstein/sitzungsberichte/6E3MAXK4/index.meta&pn=2
この宇宙は4次元リーマン多様体!
その方程式は「重力方程式」「重力場方程式」「アインシュタイン方程式」などと呼ばれる。宇宙の大きさを計算し、重力レンズ効果、水星の近日点の移動、時間の遅れ、ブラックホールそして重力波の存在までを語り、説明、予言することができる、まさに偉大なる方程式、それがアインシュタイン方程式である。
なぜアインシュタイン方程式はそのようなことができるのか。ニュートンが考えた力──万有引力を、時空の歪みとして説明したからである。特殊相対性理論の中で、アインシュタインはこの宇宙を4次元時空連続体であると結論づけたのに対して、一般相対性理論の中で、時空を4次元リーマン多様体であると結論づけた。
1916年にアインシュタインはこれらをまとめた論文『一般相対性理論の基礎』“Grundlage der allgemeinen Rela¨tivitatstheorie”.Annalen der Physik, ser. 4, vol. 49, pp.769-822, 1916
を発表
『一般相対性理論の基礎』(1916年)
アインシュタイン方程式を鑑賞する 右辺
1915年から1916年にかけて完成したアインシュタイン方程式を鑑賞していこう。右辺には3つの有名な定数がある。円周率π、ニュートンの万有引力定数G、そして特殊相対性理論の光速c。
数式の左辺と右辺が明確な意味付けできることに注目する。「質量をもった物体がある」を表すのが右辺のTで、そのとき「物体の周りの時空の様子」を表すのが左辺のGである。
両辺が=(イコール)で結ばれるとは、「質量をもった物体がある」と「物体の周りの時空の様子」がわかるということを意味する。右辺T「質量をもった物体がある」を詳しくみてみよう。それが「エネルギー・運動量テンソル」である。
力や速度は大きさと向きをもつ。これが「ベクトル」という量である。それに対してエネルギー・運動量テンソルの「テンソル」とは「歪みの状態」を表す量である。例えば、段ボールの箱に力を加えると段ボールは変形するが、その状態を表すのがテンソルである。テンソルtensorは張力tensionに由来している。
アインシュタインは一般相対論の論文において、その半分近くをテンソルの記述に費やしている。テンソルは「時空」を語る上でクリティカルなことばであることが伺える。
アインシュタイン方程式を鑑賞する 左辺
右辺がテンソル量なので、左辺もテンソル量である。「アインシュタイン・テンソル」と呼ばれるテンソルは、リッチ曲率テンソルとスカラー曲率そして時空計量テンソルから成る。これらが「時空の曲がり」を表す。
リッチ曲率テンソル(上図の赤字)であるが、3文字のRμνからは到底想像できない正体をもつ。図に示したように、Rμνを構成する2つのパーツのそれぞれがさらに長い数式なのである。
さらに、その中のパーツ(図の下から2つ目の数式の青部分)は長い式を簡略したものである。はたして、RμνをΣを用いずにすべて展開すると想像を絶する膨大な数の項が現れてくる。
アインシュタインは「アインシュタインの規約」と呼ばれるテンソル計算に現れる膨大なΣ記号を省略する記法を考案した。そのおかげで3文字のRμνにまとまっている。
幾何学の力を総動員して語られる「時空」
結果として、一本のアインシュタイン方程式は実質10個の連立偏微分方程式でできている。「時空」がこのような姿で表現されるとは誰が想像しただろうか。
その意味でアインシュタイン方程式を眺めるといかにシンプルかに驚かされる。もはや芸術作品といってもいい。
幾何学の力を総動員して語られる「時空」によって、重力は「時空の曲がり」として説明できることを示した。物理学者アインシュタインはこの時、数学の本当の力を実感し次の言葉を残している。
私はこれまでの人生で、これほど一生懸命に仕事に精を出したことは決してありませんでした。私は数学への深い尊敬の念を抱くようになりました。その一層巧妙な部分を、私は今の今まで愚かにも単なる贅沢な遊びとみなしていたのです。この問題に比べれば、最初の相対論は子供の遊びです。
アインシュタイン方程式にはアインシュタイン自身が驚くことになる続きが待ち受けていた。次回はアインシュタイン方程式1917年版を紹介する。