目次
はじめに
紀元前300年、古代ギリシャのユークリッドは、素数が無限個あることを証明してみせました。
無限個ある自然数の中に無限個ある素数、その分布をテーマにするのがリーマン予想です。
「超入門 リーマン予想」全4回では、リーマン予想が教える数の世界の深淵さを覗いてみました。見えてくる風景は、リーマン予想のターゲットである素数の難しさです。
今回は趣向を変えて人類が素数に挑んできた軌跡を振り返ってみようと思います。
素数の種類の多さが、いかに素数が探究されてきたのかを如実に物語ります。「違法な素数」もその一例ですが、今回は人の名前が付いた素数を紹介します。
メルセンヌ素数
17世紀、フランスの修道僧マラン・メルセンヌ(1588-1648)は、2n-1が素数になる場合が、257以下のnでは、n = 2, 3, 5, 7, 13, 17, 19, 31, 67, 127, 257 だけであると主張しました。
このことから2n-1の形をした数をメルセンヌ数、そしてそれが素数の場合はメルセンヌ素数と呼ぶようになりました。
ちなみに、このマラン・メルセンヌは現在の音楽に使われている音律、12平均律のほぼ完璧な計算を行った人物でもあります。
メルセンヌ素数は古くから研究されてきた素数です。
古代ギリシャのユークリッドは、完全数(その数自身を除く約数の和がその数と等しい自然数)とメルセンヌ素数の関係を発見しています。
メルセンヌ素数2p−1に対して、2p−1を乗じた数が完全数になるという法則です。
そして、現在知られている最大の素数は、2016年1月に発見された49番目のメルセンヌ素数、274207281-1です。2233万8618桁に及ぶ巨大な数です。
メルセンヌ素数2p−1の指数pは素数です。しかし、2p−1(pは素数)の形の数は必ずしも素数ではなくその数は少ないので、探索は容易ではなく時間が必要です。
ソフィー・ジェルマン素数
フランスの女性数学者ソフィー・ジェルマン(1776-1831)はフェルマーの最終定理の研究を行う中で、2p+1が素数であるような素数pを考えました。
すなわち、pと2p+1の両方が素数であるとき、pをソフィー・ジェルマン素数であるといいます。
2, 3, 5, 11, 23, 29, 41, 53, 83, 89, 113, 131, …
ソフィー・ジェルマン素数
2016年時点で知られている最大のソフィー・ジェルマン素数は
2618163402417 × 21290000 − 1
であり388342 桁の数です。
当時は女性が大学に入学できず、数学研究を行うことが困難な中、ソフィーは独学で数学をマスターし、男性名を使ってラグランジュ(1736-1813)やガウス(1777-1855)といった大物数学者に論文を送りました。
ラグランジュとガウスは共にソフィーの実力を認め賞賛し、広く世に知れ渡ることになりました。
ソフィーは数学の業績が有名ですが、物理学(弾性理論)、化学、地理学、歴史の研究においても並々ならぬ才能を発揮しました。
プロス素数
ソフィ・ジェルマンと同じく独学で数学をマスターしたフランスの数学者フランソワ・プロス(Proth、1852-1879)は次の定理を得ました。
Prothの定理
N=k×2n+1とする。ここで、kは奇数、2n>k。
ヤコビ記号(a/N)=-1となる整数aに対して、
a(N-1)/2≡-1 (mod N)
が成り立つとき、かつそのときに限りNは素数である。
ここに登場するk×2n+1(2n>k)の形をした素数をプロス素数と呼びます。前述したカレン素数n×2n-1はプロス素数の特別なケースです。
3, 5, 9, 13, 17, 25, 33, 41, 49, 57, 65, 81, 97, 113, 129, 145,…
プロス素数
カレン素数
20世紀初め、アイルランドの数学者ジェームズ・カレン(Cullen、1867-1933)はn×2n-1の形の数に興味を持ちました。これをカレン数といいます。
ほとんどすべてのカレン数は合成数(1でない2つの正の整数abに分解できる数。4、6、8、9、10、12、…)であることが証明されていますが、素数になる場合もあります。
それがカレン素数です。
2009年に、16番目のカレン素数
6679881 × 26679881 + 1(約201万桁)
が分散コンピューティングプロジェクトであるPrimeGridによって発見されました。
ウォール-サン-サン素数
pが5より大きい素数ならば、pはF(p-(p/5))を割り切ります。ここで、F(n)はn番目のフィボナッチ数で、(p/5)はルジャンドル記号です。
0,1,1,2,3,5,8,13,21,34,…
フィボナッチ数F(n)
0と1から始めて0+1=1、1+1=2、1+2=3、2+3=5、3+5=8というように定まる数がフィボナッチ数です。
ルジャンドル記号(p/5)とは、pが5の倍数に1または4を加えた数のとき(p/5)=1で、pが5の倍数に2または3を加えた数のとき(p/5)=-1となる記号です。
これに対して、p2がF(p-(p/5))を割り切る素数p>5をウォール-サン-サン素数といいます。
中国の数学者ウォール(Wall、1921-2000)と双子のソン(Zhi-Wei Sun、1965-)とソン(Zhi-Hong Sun、1965-)らは、ソフィー・ジェルマン素数の場合と同じフェルマーの最終定理の中で上記の素数を考えました。
双子のソンは1992年に、もしフェルマーの最終定理の第1の場合が、素数pの指数について成り立たないならば、pはウォール-サン-サン素数であることを証明しました。
はたして、現在までウォール-サン-サン素数は発見されていません。あるとすれば2×1014より大きいことがわかっています。
カレン素数同様にPrimeGridにおいてウォール-サン-サン素数の探索が続けてられています。
ヴィーフェリッヒ素数
これもまたフェルマーの最終定理に関係した素数です。p2が2P-1-1を割り切る場合、素数pをヴィーフェリッヒ素数といいます。
1909年、ヴィーフェリッヒ(Wieferich、1884-1954)は、もしフェルマーの最終定理の第1の場合が素数pの指数について成り立たないならば、pはヴィーフェリッヒ素数であることを証明しました。
ヴィーフェリッヒ素数として知られているのは1093と3511だけです。
ウィルソン素数
p2が(p-1)!+1を割り切るとき、pをウィルソン素数といいます。ここで、n!は階乗といい、n以下の自然数すべての積を表します。
例えば、4!=4×3×2×1=24です。1970年、イギリスの数学者ウィルソン(Wilson、1741-1793)は次の定理を証明しました。
ウィルソンの定理
pを1より大きい整数とする。
(p-1)!≡-1 (mod p)
のとき、かつそのときに限りpは素数である。
52=25は(5-1)!+1=25を割り切るから5はウィルソン素数です。現在まで知られているウィルソン素数は5、13、563だけです。
ウォルステンホルム素数
n個のものからk個のものを選ぶ組合せの数を二項係数といい、高校数学ではnCkと書きます。
1819年にバベッジ(1791-1871)は次を紹介しました。
2p-1Cp-1≡1 (mod p2)
1862年、イギリスの数学者ウォルステンホルム(1829-1891)はバベッジの結果を改良し、次を証明しました。
ウォルステンホルムの定理
素数p>3に対して、次が成り立つ。
2p-1Cp-1≡1 (mod p3)
そこで、2p-1Cp-1≡1 (mod p4)を満たす素数pがウォルステンホルム素数と呼ばれます。
500,000,000までの素数がすべて探索された結果、現在までに知られているウォルステンホルム素数はたった2つ、16843と2124679だけです。
未知の素数の正体を求めて
今回は人の名前が付いた素数を8つ紹介しました。
それぞれ、どのような素数であるかを説明するだけで数学(合同式、ヤコビ記号、ルジャンドル記号、階乗、二項係数、フェルマーの最終定理)を必要とすることがわかります。
古代ギリシャから続く素数の研究はまさに現在進行形です。今回の人名素数がそのことを物語っています。
素数探索の結果を紹介する2つのウェブサイトをぜひ覗いてみてください。
ディープな素数の世界と素数探索の軌跡を知ることができます。
新種の生物や星が発見されると発見者の名前が付けられるように、新種の素数の発見には発見者の名前が付けられます。
宇宙の探査が進むにつれて、宇宙が1つの生命体である発想が生まれてきたように、数の世界の探査が進むにつれて、数も生命体のように思えてきます。
宇宙、生命の根源が謎に満ちているように数の世界の根源──素数もまた謎だらけです。
これからも新たな「人名+素数」が発見されていくことでしょう。