目次
プライムな数
1859年、リーマンは「予想」に到達します。遡ること今から二千年以上も昔、古代ギリシャからのテーマである素数についてのものです。
2016年1月、最大素数の記録更新のニュースが世界中に流れました。2000万桁を越える巨大な数は、電子計算機の中にしか見ることができません。
数学者を魅了しつづける素数(prime number)。「超入門・リーマン予想」は素数に迫ります。
古代ギリシャ ユークリッドの研究
探査。
この言葉が連想させる舞台は、宇宙や深海や深い地中でしょう。新しい星の探査、新種の生物の探査、そして石油の探査。
ロケットを用いた宇宙探査よりも遥か昔から続けられている探査が素数の探査です。
素数とは、2,3,5,7,11,13のように1とその数自身の2つだけでしか割り切れない数のことをいいます。 1は1だけでしか割れないので素数ではありません。
最大の素数は、日々更新されて続けています。2016年1月、2233万8618桁の素数が発見されました。この素数は2の74207281乗-1という形をしています。
2のn乗-1の形をした素数はメルセンヌ素数と呼ばれます。
メルセンヌ素数の歴史は古く、紀元前4世紀、古代ギリシャのユークリッドまで遡ります。ユークリッドは素数にまつわる基礎的かつ重要な研究を行っています。
完全数とは、その数自身を除く約数の和がその数と等しい自然数のことです。
6の約数1、2、3、6に対して、自分自身である6を除いた1、2、3の和1+2+3が6に等しいので6は完全数です。
2番目の完全数は28(=1+2+4+7+14)、3番目の完全数は496(=1+2+4+8+16+31+62+124+248)です。
ユークリッドはこのような完全数とメルセンヌ素数の関係を発見しています。メルセンヌ素数(2のp乗−1)に対して、2のp−1乗を乗じた数が完全数になるという法則です。
1番目のメルセンヌ素数3(=2の2乗−1)に2の1乗(=2)をかけた数が、1番目の完全数6。
2番目のメルセンヌ素数7(=2の3乗−1)に2の2乗(=4)をかけた数が、2番目の完全数28。
3番目のメルセンヌ素数31(=2の5乗−1)に2の4乗(=16)をかけた数が、3番目の完全数496。といったぐあいです。
その二千年後になって、マラン・メルセンヌ(1588-1648)が、2のn乗−1が素数になる場合が、257以下のnでは、n = 2, 3, 5, 7, 13, 17, 19, 31, 67, 127, 257だけであると主張しました。
このことから2のn乗−1の形をした数をメルセンヌ数、そしてそれが素数の場合はメルセンヌ素数と呼ぶようになりました。
ちなみに、このマラン・メルセンヌこそ、現在の音楽に使われている音律である12平均律のほぼ完璧な計算を行った人物です。
さて、完全数とメルセンヌ素数の関係が述べられた著作が、ユークリッドの『原論』です。この本における最も偉大な成果が「素数の個数」についてです。
定理 素数は無限に存在する。
ユークリッドによる背理法を用いた証明はそのエレガントさにおいては、今なお燦然と光を放ち続けるほど見事なものです。
人類がこの偉大さを理解できるまでには、実に長い年月が必要になるのです。まずは、素数に賭けた人々の挑戦の軌跡を辿ってみましょう。
メルセンヌ素数 発見物語
前に述べたメルセンヌの主張もその検証には、長い時間が必要でした。
メルセンヌ素数2のn乗−1をMnで表すことにします。メルセンヌのリスト(n= 2, 3, 5, 7, 13, 17, 19, 31, 67, 127, 257)から漏れている素数がありました。M61、M89、M107です。
9番目のメルセンヌ素数M61は1883年にイヴァン・パヴシンによって、10番目のメルセンヌ素数M89と11番目のメルセンヌ素数M107はパワーズによって、それぞれ1911年、1914年に発見されました。
ところで、メルセンヌ素数には次の基本的な性質があります。
Mn=2n−1が素数ならばnは素数
問題はこの逆が成り立たないことです。nが素数であっても2のn乗−1は素数とは限らないということです。
メルセンヌのリストのn(=2, 3, 5, 7, 13, 17, 19, 31, 67, 127, 257)はすべて素数であることはすぐに分かります。しかし、ただちにMnが素数とは言えません。
ある数が素数かどうかを判定することは、数が大きくなるにつれて極めて困難な問題になります。5番目のメルセンヌ素数がメルセンヌのリストにもあるM13です。
2の13乗−1=8191が素数であることが判明したのは15世紀です。4番目のメルセンヌ素数M7=2の7乗−1=127までが古代ギリシャで発見されているので、実に千年以上の年月がかかったことになります。
さて、メルセンヌのリストにあるM67=2の67乗−1=147573952589676412927ですが、この数が素数かどうかの決着がついたのは20世紀になってからのことです。
1903年10月、ニューヨークで開かれたアメリカ数学会でのこと。フランク・ネルソン・コール(1861-1926)は、黒板に
2の67乗−1=(手計算)=147573952589676412927
193707721×761838257287=(手計算)=147573952589676412927
と書き、M67が素数でないことを示しました。
彼はこの間ひと言も発しませんでした。板書を終え、静かに自分の席に戻ると、会場の聴衆の一人が盛大な感動の拍手を贈ったと伝えられています。
3年間に及ぶ計算で素因数分解に成功した、と後にコールは語っています。
さらにこの上をいく強者がいます。12番目のメルセンヌ素数M127が素数であることを発見したのがエドゥアール・リュカ(1842-1891)です。
M127=2の127乗−1=170141183460469231731687303715884105727
1857年、15歳のリュカは39桁のM127について素数判定をすることを決意。
はたして19年後、34歳になったリュカの手計算のすべては完了し、M127が素数であることが確かめられました。
エドゥアール・リュカ(1842-1891)
メルセンヌ素数の歴史において、リュカの計算が最後の手計算になりました。
13番目以降のメルセンヌ素数は電子計算機によって発見されていきます。25番目のM21701は、1978年にアメリカの高校生ランドン・カート・ノル(1960-)とガールフレンドのローラ・ニッケルによって電子計算機CDC Cyber174を用いて発見されました。
ノル君は調子に乗って、その翌年、26番目のM23209を同じ計算機を用いて発見。その後、27番目から34番目のメルセンヌ素数はデイヴィッド・スローウィンスキーによってスーパーコンピュータCRAYを用いて発見されました。
ちなみに、私はMacを用いて28番目のM86243(25962桁)の素数判定を行ってみました。素数判定の数学ならびにコーディングの面白さを楽しむことができます。現在の電子計算機が80年代のスパコン以上の能力があることを実感しました。
そして、35番目以降2016年1月に発見された49番目までのメルセンヌ素数を発見し続けているのがGIMPS(Great Internet Mersenne Prime Search)グループです。
計算の達人 オイラーの挑戦
このように、素数はその判定に高度な理論武装と計算機というハードウェアとプログラミングなど数多くの技術を必要とします。
その様子はエベレストの頂上を目指すクライマーのごとくです。そこに山があるから登る。そこに数があるから計算する。
素数とエベレストを目指す挑戦者に共通するのは強い意志です。
18世紀の偉大な挑戦者オイラーは、素数にも果敢にアタックしました。その記録が、8番目のメルセンヌ素数M31=2の31乗−1=2147483647の素数判定です。
1772年にダニエル・ベルヌーイへの手紙の中でこのことを示しています。すると、ユークリッドの結果からこの素数に2の30乗をかけた数が完全数になることがわかります。
8番目の完全数 230京5843兆0081億3995万2128
今から250年ほど昔に、手計算でこのような計算することにどれほどの歓びがあったのでしょうか。オイラーが書き残した手紙や論文からそのパッションが伝わります。
そして、オイラーはユークリッドの偉大な成果「素数は無限にある」にアタックをかけます。ユークリッドが登ったのとは別ルートで。
1737年、オイラーはついにたどり着きました。
定理 素数の逆数全体の和は無限大
1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+1/13+1/17+1/19+…=∞
この結果からただちにユークリッドと同じ結論──素数が無限にあることが示されるのです。オイラーは無限にある素数について、逆数にしたものの和がどうなるかを考察しました。
オイラーが見た素数の風景は「非常にゆっくりゆっくり無限大になる」というものでした。
素数探査が進んだ現代とはいえ、素数の中のメルセンヌ素数という特別な形をしたものだけに限った成果です。
49番目のメルセンヌ素数までのすべての素数を並べるなど絶望的です。もし、そこまですべての素数がわかったとしても、その逆数の和はたかだか2桁にしかならないのです。
いったい、1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+1/13+1/17+1/19+…の計算を何千年、何万年続ければ、和が100、1000、10000となるのでしょうか。
計算機がない手計算の時代にオイラーは、それが無限大になることを実感していたとは!
自然数の逆数全体の和は無限大になることはヤコブ・ベルヌーイ(1654-1705)が証明しています。それは次のように対数を用いて表すことができます。
1/1+1/2+1/3+1/4+1/5+…=log ∞=∞
"鈍感"を表現するのが対数logです。ここではそれが「ゆっくり」に置き換わったと思ってください。オイラーは次のように書きました。
1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+1/13+1/17+1/19+…=log log ∞=∞
自然数が素数に置きかわると、log logすなわちゆっくりゆっくり無限大になることを表しています。
オイラーの大発見|リーマン予想発見前夜
こちらのコラムにて、自然数の平方数の逆数全体の和を求める研究から、オイラーはゼータ関数を発見したことを紹介しました。
オイラーはそのゼータ関数が素数と深く関係していることを発見しました。
左辺のゼータ関数が素数の積で表されています。このような素数に関する積はオイラー積と呼ばれています。
さて、この関係式においてs=1としてみます。すると、
左辺 1/1+1/2+1/3+1/4+1/5+…=∞
です。右辺は素数の積を表しますが、もし素数が有限個しかないとするとその値も有限になり、右辺が無限であることに矛盾します。したがって、素数は無限個存在します!
ついに、ユークリッドが2000年前に示した頂上に、オイラーは別ルートを辿って到達しました。
素数の個数を表す式
1760年、オイラーは無限にある素数についてさらなる大発見をします。1からxまでの自然数の中に素数の個数がどれだけあるかを表す公式──素数定理です。
素数定理は、オイラーの後にガウス、ルジャンドル、ディリクレ、チェビシェフといった数学者によっても発見されていき、1896年にプーサンとアダマールによって証明されました。
ドイツの数学者 リーマン登場
かくして、すべてがドイツの数学者ベルンハルト・リーマン(1826-1866)によって深化することになります。
リーマンはオイラーやガウスによる素数の個数π(x)を表す素数定理に満足しませんでした。素数定理がおしえてくれる素数の個数は不正確だからです。
xが無限に近づくとき、素数の個数π(x)が対数で表される式に近づくというものです。リーマンは素数定理よりも正確に素数の個数を表す公式を探しはじめました。
1859年、論文「与えられた数より小さい素数の個数について」の中で成果が発表されます。
それが「リーマンの素数公式」です。リーマンはゼータ関数の零点を用いることで素数の個数を表すことを示しました。
ここから、リーマンはゼータ関数の零点について前人未踏の計算に着手することになり、オイラーも見ることができなかったゼータの妖しく揺らぐ風景を覗いたのです。
それがリーマン予想です。
リーマン予想
リーマン・ゼータζ(s)の自明でない零点は、すべて直線 Re(s)=1/2上にある。
次回「リーマン・ゼータ 誕生物語」に続きます。
書籍紹介
現代数学で最難問と言われるリーマン予想の論文を提出したリーマン。零点研究の正式な論文発表叶わぬまま、39歳の若さで亡くなりました。
本書は、著者がリーマンに代わって、リーマンの夢を追いかけながらゼータ関数を探求していきます。