今年、2022年が社会の変換点として将来語られるかも知れないような大事件が起こりました。ロシア侵攻によるウクライナ戦争です。
新型コロナウイルスによる感染が収束に向かおうとしている時にとんでもない事件が起きて、世界を震撼させています。コロナ後の世界、ウクライナ侵攻後の世界はどうなっていくのでしょう?
さて、「空間時間人間を探す旅」の連載シリーズ(全10回)は終了し、前回スペシャルを投稿しました。今回はこの1年を振り返り、私が参加した講演会や読んだ本をご紹介します。(以下、敬称略)
目次
一生勉強 一生青春|lifelong study lifelong youth
2022年12月17日、思いがけず有楽町にある相田みつを美術館に立ち寄る機会がありました。相田氏は1924年5月20日に生まれ1991年12月17日に亡くなっており、その日は彼の命日でした。
私が座右の銘としてよく使っている「一生勉強 一生青春」は彼の言葉ですので、運命的な偶然を感じました。
2023年が生誕99年、2024年が生誕100年。書の詩人と言われる彼は、心に深く刻まれるような言葉をたくさん書にしています。私は美術館でカレンダーと額縁を購入し、座右の銘を自宅に飾りました。(この額縁は左右下の3辺が開き、中の絵や書を交換できる優れものです。)[1]
ほかの言葉を見ていると、「一生燃焼 一生感動 一生不悟」もいいかなと思いました。(一生悟れなくてもいい、一生何かに感動し自分の命を燃やし生きていければそれでいい、という意味だそうです。)
©相田みつを美術館
willbeアカデミー2022
残間里江子氏が主催するクラブ・ウィルビーの講演会。
最新・最先端の学問を体感できる機会づくりを目的に大学教授や学究分野の第一線で活躍する講師を毎年招いており、今年で14回目を迎えました。毎回素晴らしい講師の話に深く考えさせられる講演会です。
今年の講演の中からいくつか気になった内容を紹介します。[2]
林真理子(作家、日本大学理事長)|人生後半の生き方
不祥事のあった日大の理事長に林氏が就任したことには、誰もが驚きました。火中の栗を拾う決断はどこから出てくるのでしょうか?
私たちの世代の仲間は野心が強かった。やればできるという経験もしてきた。良いことも悪いことも突然やって来るが、良い結果をいつも想像する。現状に甘んじる学生には、一段高い景色を見せてあげた。その景色を見ることで人生は変わる。頂上まで登った山から下山するが、下の平地にも新たな小さな山があり、その山を登りたい。理事長の仕事で忙しいが、作家活動は続けて後世に残る作品を書き上げたい。
とても前向きで意欲的な発言でした。
私は、今の若者に意欲や野心がないとは思いません。大谷翔平選手のように海外で活躍する人もいますし、今回のサッカーワールドカップで戦った選手は勝った喜びよりも負けた悔しさを発露し、次のステージに向けた意欲を示しています。
日比野克彦(アーチスト、東京芸術大学学長)|地域とアート
日比野氏は段ボールを使った作品で有名ですが、その一方でさまざまな地域プロジェクトでアーチスト活動を続けています。2022年4月からは東京藝術大学の学長に就任しています。[3]
「明後日朝顔プロジェクト」は既に29都市で実施されており、各市との交流事業も行われています。
小学校が廃校になった町では、地域の年中行事がなくなってします。何かのきっかけで町の人々の交流が再開されることを願ってスタートしたプロジェクトです。[4]
- 種を収穫した時に芽生える 記憶を形にした不思議な気持ち
- 種を蓄えている時に感じる 待つ時間を楽しむ気持ち
- 種を送る時に思う 地域と地域がつながる気持ち
- 種を土に植えた時に思う 見えないものを信じる気持ち
- 蔓がロープに巻きついた時に感じる ホッとした気持ち
- 花が開いた時に感じる 声をかけたくなる気持ち
- 種の房ができた時に生まれる これまでとこれからがつながる気持ち
野依良治先生の言葉を引用してアートの意義を説明しています。
科学者を育成するには、豊かな情緒を育み、情緒を言語化し、論理化するプロセスを経て、科学者の道が開ける
曰く、「情緒は人と会うことで交換できる。地域での芸術を通じて文化基盤を構築していく。文化的処方の効果、関係性を数値化していきたい。わからないことが面白く、わからないことを引き取るのはアートの役割である」と。
お隣の韓国は国家を上げて芸術に熱心に取り組み、ソフトパワーとして社会的価値を上げています。日本でも彼らの活動を通じて芸術への取り組みを活性化して世界に発信して欲しいと思います。
金平茂紀(ジャーナリスト、早稲田大学大学院客員教授)|2022年という分岐点
本当のことは言えない
講演は「言論の自由」(忌野清志郎 作詞)の歌い出しから始まりました。この歌詞の内容は、まさしくロシアによる反対勢力排除を象徴するものです。
金平氏は、2022年2月25日、ロシア侵攻の翌日にウクライナ国内に入り現地取材をしています。まさか空襲警報でシェルターに避難する経験をしようとは、思ってもいなかったそうです。
10日間にわたる取材の後、ルーマニア国境に6時間半並んでウクライナを出国します。そのとき、極寒、長蛇の列の中、妊婦や赤ちゃん連れの母親に順番を譲る人々の民意に感心していました。
2回目の取材では、ベラルーシの大統領にインタビューし、さらに街頭インタビューも実施。思想制限が多い中、市民が泣きながら戦争の理不尽さや反対を訴える声に驚いたと語っていました。
ウクライナの戦争では正義論と平和論が対立し、正義のために支援する国と一刻も早い和平を望む勢力とに分かれます。どの国も今後の政策には大きな影響を受けています。
日本では、2022年12月16日に専守防衛をかなぐり捨てるような政策転換が発表されています。憲法9条の議論は長く続いていますが、この条項は、国の交戦権を放棄するという国の軍事行動を縛る強い法律です。果たして日本はどこへ向かっていくのでしょうか?国民的な議論が必要な事項です。
どの戦争も自衛・平和維持・自国民保護の理由で始まります。正当な理由であったかどうかは、勝利国側に有利に解釈されますが、今回のロシアの侵略は、どのように評価され、どのように決着するのでしょうか?
国会議員や国会のふがいなさ、劣化を叫んでいても何も解決できず、やはり日常的な議論から始める風土作りが必要なのでしょう。無関心は、いつのまにか人々を思わぬ方向に誘導します。
私は国のためとか会社のためとかいう人々を信じない。多くの不正や誤った判断は、実態のわからない存在・権力への忖度から起きています。人間の自由や尊厳が守られる社会集団に属していたいと強く願います。
彼の講演は、プーチン大統領の顔が印刷されたトイレットペーパーを見せながら「強者のケツをなめる生き方はしない」という言葉で締め括られました。
月尾嘉男(東京大学名誉教授)|日本消滅の危機
第2次世界大戦以降に消滅した国は183か国 [5] もあり、イーロン・マスク氏が言うように日本滅亡の可能性は十分にあり得ます。
月尾氏は様々な統計資料をもとに、その危険性を指摘。
出産率が2.1%を切った2005年時点から深刻な人口減少が始まっています。人口減少、食糧自給率不足、資源・エネルギー自給率不足、貧困、国債による多大な借金、情報化の遅れ、留学する学生の減少など、悲観的な要素が多い日本は、いったいどうやって衰退を食い止め、復活し成長していくのでしょうか?
今回の講演では、縮み社会を実現している日本の文化(茶道や盆栽)を例に挙げ「茶碗の中に宇宙を透視する」コンパクトなエコ社会の実現を提言していました。
また新渡戸稲造の武士道を引用して、明治維新以降の発展の基礎となっている教育で日本人の精神を強固にし、
名誉こそ力の源泉。明治維新は物質的資源の開発や国富の増進が動機ではない。ましてや西洋の習慣の闇雲な模倣の追求でもなかった。なにより劣等国として見下されることに我慢できない名誉を重視するきもちこそが、最大の動機である。
として、他の国との競争に勝ち抜く強い気持ちを持つことを提言しています。
1980年代、経済面で世界をリードしていた日本。そこからくる油断が現在の状況を招いているわけですが、やはり若い力で力強く次の時代を築いていくしかありません。
その支援を出来る先人・年寄りでありたいと思っています。
ルイス・カーン研究連続講演会TIT
東京工業大学で2022年9月16日~12月2日まで6回シリーズで実施された講演会は、講師のすばらしさも含め、偉大な建築家ルイス・カーンを通じて、建築哲学や意匠の歴史を知るうえで圧巻の講演会でした。(TIT 建築設計教育研究会(東京工業大学 安田幸一研究室)主催)
特に香山壽夫氏が、カーンの教材を使いながら説明する内容は60年前の古さはなく、感動しました。新居千秋氏のまとめも勉強になり、金箱温春氏の構造の解釈についても感銘を受けました。
私は1981年、最初の就職先である照明設計会社を卒業する時に渡米し、室内に光をうまく取り込んでいるキンベル美術館を見学したことを思い出しました。会社生活の最後に再びルイス・カーンと巡り合ったのは運命でしょうか?
以下のルイス・カーンの言葉を会社卒業の言葉に選びました。皆さんはどう解釈しますか?
What was has always been
What is has always been
What will be has always been
「変わらないもの、変わらずに将来に残したいものは何ですか?」という意味です。これを自分に問いかけてみました。
私にとってそれは「空間・時間・人間」というテーマに興味を持ち探究し続けることであり、「一生勉強 一生青春」の生き方ではないかと思いました。
これからも私の旅は続きます。
書籍紹介
最後に今年読んだ本をご紹介します。
- ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」
平井一夫 (著)/日経BP日本経済新聞出版本部 - 株式会社の世界史 ―「病理」と「戦争」の500年
平川克美(著)/東洋経済新報社 - 決断力の構造 優れたリーダーの思考と行動
ノール・M.ティシー (著)、ウォレン・ベニス (著)、宮本 喜一(訳)/ダイヤモンド社 - 知の旅は終わらない ― 僕が3万冊を読み100冊を書いて考えてきたこと
立花隆(著)/文春新書 文藝春秋 - 若い読者のための科学史
バイナム・ウィリアム・F.(著)/藤井美佐子(訳)すばる舎 - MIT博士のミスを減らす秘訣 ERROR FREE 世界のトップ企業がこぞって採用した
邱強(著)、燕 珍宜 (インタビュー・編集)、
陳銘銘 (インタビュー・編集)、牧高光里(訳)/文響社 - AI分析でわかったトップ5%社員の時間術
越川慎司(著)/ディスカヴァー・トゥエンティワン - シリコンバレー最重要思想家ナヴァル・ラヴィカント
エリック・ジョーゲンソン(著)、櫻井祐子(訳)/株式会社サンマーク出版 - 「プランB」の教科書
尾崎弘之(著)/インターナショナル新書 - 絶対悲観主義
楠木建(著)/講談社+α新書 - 多様性の科学 ―画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織
マシュー・サイド(著)/ディスカヴァー・トゥエンティワン - 才能の科学 人と組織の可能性を解放し、飛躍的に成長させる方法
マシュー・サイド(著)、山形浩生、守岡桜(訳)/河出書房新社 - 再興 THE KAISHA 日本のビジネス・リインベンション
ウリケ・シェーデ(著)、渡部典子(訳)/日本経済新聞出版 - 天才
クレイグ・ライト(著)、南沢篤花(訳)/すばる舎 - 筑紫哲也『NEWS23』とその時代
金平茂紀(著)/講談社 - 国道16号線: 「日本」を創った道
柳瀬博一(著)/新潮社 - 日本の伸びしろ 悲観を成長に変える思考力
出口治明(著)/文春新書 - 鉄道会社 データが警告する未来図
鐵坊主(著)/KAWADE夢新書 - 揺れる大地を賢く生きる
鎌田浩毅(著)/角川新書 - 歴史人口学で見た日本
速水融(著)/文春新書 - 聖書がわかれば世界が見える
池上彰(著)/SB新書 - 日中百年戦争
城山英巳(著)/文春新書 - 満洲国グランドホテル
平山周吉(著)/芸術新聞社 - 忘れる読書
落合陽一(著)/PHP新書
落合陽一氏著の「忘れる読書」に、本の読み方や利用の仕方が説明されています。言葉への理解がないと会話は成立せず、会議で当たり前のことを繰り返し説明して無駄な時間を費やす人への良い警鐘になるように思いました。
若くして膨大な本を読んで頭に入れ自分の言葉として発することができる才能が、天才となる所以なのでしょう。彼が提唱するデジタルネイチャーに思いを馳せながら来たる時代を楽しみにしたいと思います。
発言するときに言いたいことが頭にたくさん浮かび、発する時間を追い越す彼の頭脳のように、AIを使った様々なアプリは人間の思考を超え、短時間で的確な回答やいろいろな事例を提示してくれる時代です。
そんな時代にはどんな生活や職業が待っているのでしょうか?
彼は「戦争をするしかやることのない人や大恋愛をするしかない元来持っている人間味あふれる人類が出現する。知的な人は、AIとの対話を楽しみ心豊かな生活を送る」と予測しています。
【出典】
[1]写真は筆者私物を筆者が撮影したもの(相田みつを美術館の許諾を得て掲載しています。)
[2]https://www.club-willbe.jp/programs_events/2022academy.html
[3]https://www.geidai.ac.jp/outline/introduction/president
[4]https://www.city.himeji.lg.jp/shisei/0000018576.html
[5]「消滅した国々 第二次世界大戦以降崩壊した183カ国」吉田一郎 著/社会評論社