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「ケ」か「ヶ」か、それが問題だ
前回のコラムで地図注記のことに触れた際、茨城県の「龍ヶ崎市」やこれに関連する表記をめぐり、「竜」か「龍」かという漢字の字形に関する地図編集者の悩みを書いた。
地図表記の観点からここで一緒に触れておきたいのが「ケ」問題である。
「龍ヶ崎(りゅうがさき)」のように「ケ」と表記して「が」と読ませる地名やこれを含む駅名は、全国に多数存在する。
そこで問題となるのが、「ケ」を通常の大きさのカタカナ「ケ」として表記するか、小さな「ヶ」として表記するかである。
昭文社では「ケ」と表記して「が」と読ませる場合、現代の出版物の傾向を踏まえ、原則として小さな「ヶ」を用いている。個人的にもこれが現代的な表記としてはスマートで適切だと思っている。
しかし地名をはじめ、地図上の注記となるとそう簡単にいかない。
正式な表記は?
誰しも「正式には」どうなのかが知りたいわけだが、特に市町村名の名称や鉄道施設や空港・港湾施設の場合は、影響も大きく慎重に対応する必要がある。
私も編集担当だった時には、当該のさまざまな機関のご担当に繰り返し事情をお聞きしてきた。その結果、「ケ」を推奨する機関、「ヶ」を推奨する機関、いずれもあった。
なお、「正式に」表記を定めているといっても、実体はまさに「条例」やそれに準じる法的行為によって定めているハイレベルなものから、もっと緩い指針レベルのものまでさまざまであった。
ここでは、いずれのレベルでも何らか定めていれば「正式」ということにする。
こうした取材を踏まえて実態を整理すると、次のようなことになる。
- 機関として表記規定を定めており、かつ、当該機関がその表記の使用に自ら積極的であり、また、市民、利用者、関係者にも積極的に仕様を推奨している実態がある。
- 機関として表記規定を定めているが、必ずしも積極的には使用が推奨されている状況にない。
- 機関として、表記に関する見解を表明していない。
1であればその方向に従えばよいし、3であれば当社原則に従って「ケ」問題については小さな「ヶ」とすればよい。
だが実際には2の場合が多いし、1と2の境界もはっきりしない場合がある。
また長期的には状況が変わることもあり、2については最終的にはその時点での編集判断に依らざるを得ない。
一般の感覚と地図上の表記にはズレがある
何が「正式」かはさておき、一般の感覚では「ケ」は小さい「ヶ」の表記が一般的なのに、どうして地名では大きな「ケ」の表記傾向があるのかなとずっと疑問だった。
ある時、法律関係の出版社の方と話をするなかでハッと気が付いた。
その方の話によると、日本では法律、法令の文書の表記には小さな仮名書きを一切使ってはいけない、というのである。
たしかに手元の六法全書や法律・法令の検索サイトを見てみると、拗音や促音の「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」等すべて大きな字で表記されている(近年一部は解禁されたらしい)。
なるほど!
法律文書で、仮名はすべて大きな文字で表記しなければならないとすると、地方自治法にもとづいて設置される市町村等の自治体名称もまた、法律・法令の文中ではこれに準じて表記されてきたのではないか。
自治体名称や公称地名についていえば、「ヶ」「ッ」といった小さな文字での表記が地元や市民を含め社会的感覚に馴染んでいても、いざ法的に「正式」となると上記の扱いに準じるということになる。
これは憶測であり、この辺の事情をご存知の方には、ぜひご教示願えれば幸いである。
「ケ」問題を真に市民感覚にフィットした形で解決し、適切な地図表記を実現するためにも。
図1 一般に使われる小さな「ヶ」の事例(マップル『山と高原地図シリーズ』より)
図2 小さな「ヶ」でそろっている埼玉県鶴ヶ島付近