地図マニアな日々

標準

2017年9月29日


高精度測位時代の地図を考える(2)

高精度測位時代を迎えて、地図の中身にはどのような影響が出るのだろうか。本稿ではその質的な変化を探ってみたい。

測位精度が地図の精度を凌駕する

2018年以降準天頂衛星の本格的な運用が始まれば、衛星によるセンチメートル級の測位が可能になるとされている。測位精度が上がることで、位置情報を応用したさまざまな仕組みやサービスの登場が期待されており、私たちは暮らしの中でさまざまな恩恵を受けることになるだろう。そして「測位が高精度になることで地図も現在以上に精度が上がる」と思われがちだが、実はそう簡単にはいかない事情がある。むしろ当面は高精度の陰鬱に悩まされることになりかねないのだ。

位置情報サービスが機能するためには、そのバックグラウンドにプラットフォームとしての地図情報が必須になる。地図系のアプリはもちろん、表面上地図が見えないようなインターフェースであっても、位置情報を利用したアプリであれば裏側で地図プラットフォームが動いていると考えていい。たとえばスマートフォンのお天気アプリ等は、テレビなどで見る広域の天気予報と異なり、測位した位置情報を利用してピンポイントで現在地の天気や気温、降水確率の情報を得ることが可能だ。こうしたアプリでは多くの場合、測位した現在地の地理座標と、配信されている天気の情報の地理座標(こちらは多くの場合領域を持つ)をマッチさせることでユーザーがいる場所の情報を返す仕組みで、アプリの裏側で空間処理が動いているようなイメージになる。20170928_1

iPhoneのお天気アプリとYahoo!地図の雨雲レーダー

こうしたアプリの仕組みを考えれば、測位の高精度化で位置情報が正確になればなるほど、私たちが得ることができる情報の精度が上がるのではないかと思われがちだが、実は必ずしもそうはならない。測位した位置精度が地図の精度を上回ってしまうことになるからだ。高精度の陰鬱はそこにある。

地図はそれぞれの仕様の中で精度が定義されている。国土地理院が作成する基本測量成果や、地方公共団体による公共測量成果などは、それぞれの作業規程で仕様が決められており、水平位置の許容誤差は図上0.7mmとされてきた。これは実距離に換算すると縮尺1/10000の地図で7m、全国を網羅する標準的な縮尺である1/25000の地図であれば17.5mに相当する(※現在は測量成果がデータであるため、「図上0.7mm」はそれぞれの地図データの地図情報レベルごとに実距離に置き換えられている)。民間で整備されている地図データベースも多くは国土地理院の1/25000地形図を基に作成されたものであり、誤差もそれに準じることになる。20170928_2

公共測量作業規程の準則に記載されている数値地形図データの精度

誤差に加え、地図によっては転位の影響も考慮しなければならない。こうした、ともすれば10m以上の誤差を含むデータに、センチメートル級の測位精度で決定された位置情報を落としたところで、それが精度の高い情報といえるのだろうか。悩ましいのはそこである。

マップマッチングからカーマッチングへ?

かつてGPSによる測位は、(単独測位の場合)数mから数十mの誤差が出ることも珍しくなかった。そこで人々は何とか誤差を補正する方法を考えてきた。既知点での誤差情報を利用するディファレンシャル補正(DGPS)などがその代表例だが、地図の世界では「マップマッチング」という方法がエポックメイキングだった。

初期のカーナビではGPSの精度が低い時に、よく海の中や道のないところを走っているかのような表示がされることがあった。そこで、「車は道の上を走るもの」という原則のもとに、測位した自車位置を地図データ上の最寄りの道路に寄せる空間処理がマップマッチングである。これにより、GPSの測位精度が悪くても、見かけ上カーナビではきちんと自車が道路の上を走るようになった。

ところが高精度測位が実現すると、測位精度が明らかに現状の地図の精度を上回ることになるため、「マップマッチングどころか、むしろ地図をカーマッチングすべきだろ」という話になってしまう。もちろんカーナビ的には現状のマップマッチングを維持することでも不都合はなさそうだが、それでは高精度測位の恩恵を受けているとは言い難い。高精度測位を活かすならば、車線単位での自車位置を利用した案内も可能になるはずだが、そのためには、それに堪え得る精度の地図データを整備する必要が出てくる。現在自動運転用に整備が進んでいる3次元の高精度ダイナミックマップなどはこうした需要に堪え得る仕様だが、当面は高速道路のみの整備である上、その整備費用は約30億円かかっているというから一筋縄ではいかない。

コンテンツの精度には限界がある

ベースとなる地図データそのものの精度はもちろんだが、そこに載ってくるさまざまな情報コンテンツについても、現状センチメートル級の精度を持つものがどれほどあるのだろう。たとえば、雨雲レーダーは高解像度のものでは250mメッシュ、Yahoo!地図が採用している混雑レーダー(その場所にどれくらいの密度で人がいるかがわかる)で125mメッシュ。いずれも機能を考えれば分解能はかなり高いと思うが、そこにセンチメートル級の測位で位置を決めたとしても、得られる情報の精度が上がると言えるのだろうか。測位精度が上がることで、自分の位置がどのメッシュに入るのかという意味での精度は上がることにはなるだろうが、そもそもメッシュデータそのものが空間補間された情報であり、実際にはメッシュ境で情報の内容が変わるわけではないことにも留意が必要だ。20170928_3

Yahoo!地図の雨雲レーダー
メッシュの変わり目で実際の混雑状況が変わるわけではない

GNSSによる測位は地球(準拠楕円体)上での地心に対する絶対位置を求めるものであり、その精度は地球上での「絶対精度」ということになる。これに対して、地図ではしばしば「相対精度」が重視されてきた。たとえば車で道路を走っていてコンビニを探していたとしよう。探す側からすると視覚的に重要なのは、そのコンビニが道の右側にあるのか左側にあるのかということであり、それを示す指標が相対精度という考え方だ。

前述のように、縮尺1/25000の地図で許容誤差が17.5mある中で、たとえばGIS上で座標を持ったコンビニのデータをインポートした時に、道路に対して正しい側に表示されるとは限らない。もしコンビニのデータが高い絶対位置精度を持っていたとしても、道路の位置に(許容範囲内であっても)誤差があれば、そのコンビニが道路の反対側に表示されてしまう可能性もあるのだ。そうなってしまえば、どんなに元データの絶対精度が高かったとしても、地図上では誤った表示がされることになる。

GISでこうしたPOI(Point of Interest:店舗や施設など地図の目標物)データをインポートする際には、絶対精度以上に、最低限の相対精度を満たすことが重要になる。そもそもPOIデータの作成も、特定の地図上で座標計測や、リストの住所からのアドレスマッチングにより求めていることが多いため、精度は作成時に使用した地図に依存することになる。作成時のベースと異なる地図上にデータを展開する場合は、相対位置に齟齬が生じる可能性がある点は留意しておく必要がある。

従来の地図はある意味その世界の中で完結したコンテンツであったため、それなりの誤差が許容されていたとしても、相対精度を満たしていれば問題は生じなかった。しかし高精度測位を利活用する時代になれば、このままというわけにはいかないだろう。高い絶対精度で相対精度をも満たす、そんな地図プラットフォームが求められる時代がもうそこまで来ている。


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執筆者ご紹介  遠藤宏之(えんどうひろゆき)様
地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長
著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他