GIS界隈で話題を集める、Project PLATEAU(プラトー)。
国土交通省が主導するこの3D都市モデルはオープンデータとして公開されたこともあり、さまざまな用途での利用事例が集まり始めている。
オープンな3D都市モデルは、従来2次元が標準だった地理空間情報のあり方に革命をもたらす可能性も秘めている。
本稿ではPLATEAU(プラトー)をはじめとした3D地理空間情報が世の中に何をもたらすのかを考えてみたい。
目次
デジタルツイン時代の到来
デジタルツインは第4次産業革命の核とされる概念である。
デジタルツインとは、フィジカル空間(物理空間=現実世界)にある現実の機器や設備の稼働状況、環境情報をリアルタイムで収集し、サイバー空間(仮想空間)上に機器や設備を構築して再現し、そのモデルを使ってさまざまな分析やシミュレーションを行った結果をフィジカル空間にフィードバックする仕組みである。
自動車工場をはじめとした製造業では、「CADデータを活用したデジタルツインによるシミュレーション ⇒ フィードバック」はよく知られた技術だった。
これを地理空間情報の世界に持ち込めば、以下のようなことが可能になり、効率的なまちづくりや運用管理コストの最適化が期待できるとされている。
- 社会インフラの計画立案や設計改善
- 太陽光発電パネルの設置場所の最適化
- アクセシビリティ改善、渋滞解消、公共交通機関改善によるモビリティや物流の効率化
- さまざまな機器の利用環境に応じた動作指示、故障予測
デジタルツイン運用のカギを握るのはIoTとAIだが、そのプラットフォームとなるのは3Dのデジタル空間データである。
デジタルツイン実現のためには3Dデータの構築とその継続的な更新が不可欠だ。
バーチャル・シンガポール
デジタルツイン社会をいち早く実現していることで知られるのが「バーチャル・シンガポール」だ。
国土全体の地形や建築構造物、交通機関などの社会インフラのさまざまな情報を統合し、サイバー空間上に3Dモデルとして再現。
そこに車や人の位置情報をリアルタイムデータとして重ね、スマートシティならぬ「スマート国家」を実現するというものだ。
プロジェクトは政府機関であるNRF(National Research Foundation:シンガポール国立研究財団)が主導しているが、民間への開放も視野に入れている。
イノベーションに積極的なグローバル企業やスタートアップ企業、イノベーション人材を供給する教育機関、投資家やベンチャーキャピタルなど、さまざまなプレーヤーがこのエコシステムに参入すべくシンガポールに拠点を置いており、経済の活況にもつながっている。
もちろんシンガポールの場合は都市=国家ともいえる環境でもあり、スケール的に実現しやすい側面もある。
とはいえ、サイバー空間でのシミュレーションを社会にフィードバックする手法は普遍的であり、少子高齢化などさまざまな課題を抱える日本では、これからのまちづくりや社会システムの構築に必須ともいえる技術となる。
バーチャルシンガポール上での太陽光エネルギーの可能性に関する分析
(出典:NRFウェブサイト)
国内におけるプラットフォーム構築への動き
国内では2017年に日本経済団体連合会がSociety5.0による日本再興を打ち出し、未来社会創造に向けた行動計画として、国土全体に広がる3Dデータベース「バーチャル・ジャパン」を官民協働で作り上げることを提示している。
2018年には政府が閣議決定した総合イノベーション戦略において、さまざまな分野のデータが垣根を越えて繋がるデータ連携基盤を整備し、組織や分野をまたぐデータ利活用を通じて新たな価値の創出が将来像として提示された。
同年国土交通省が決定したデジタル・ガバメント中長期計画で、行政保有データのオープンデータ化、APIの整備、標準化・共通化の推進等データ活用の促進等の方向性を提示。
さらに社整審・交整審技術部会の国土交通技術行政の基本政策懇談会中間とりまとめでは、データ駆動型行政の推進(データに基づく政策立案・実施、民間のイノベーションを促進)とそのためのデータ連携基盤の構築を提言している。
こうした背景を受け、2019年に入ると、ベースとなるべき「国土交通プラットフォーム」の整備が始まり、10月31日にプロトタイプが公開された。
その目的は国交省が保有するデータと民間のデータを連携させ、現実空間としての日本をサイバー空間に再現したデジタルツインを構築することとされ、3D都市モデルの必要性についても言及されている。
「国土交通プラットフォーム」のイメージ。
3D都市モデルについても言及がある(出典:国土交通省資料)
PLATEAUの登場
こうした背景のもとに登場したのが、PLATEAU(プラトー)である。
PLATEAUは都市活動のプラットフォームデータとして3D都市モデルを整備、そのユースケースを創出しようという国土交通省主導のプロジェクトである。
3D都市モデルをオープンデータとして一般公開しているので、誰でも自由にデータを活用できる。
多様なテーマでユースケース開発やハッカソンを実施し、知見や活用手法を蓄積して、成果をオープンデータ化して全国展開しようとするものだ。
2020年度は公募で決定した全国56都市の3D都市モデル整備とユースケースの開発が完了しており、2021年度以降も全国自治体での整備や新たなユースケースの開発を続ける。
2021年5月7日時点でG空間情報センターから19都市のデータセットが公開されているほか、3D都市モデルをウェブブラウザ上で可視化できるツール「PLATEAU VIEW」を使えば、誰でもPLATEAUのデータを閲覧できる。
PLATEAUが提供する3D都市モデルの価値
(出典:国土交通省PLATEAUウェブサイト)
56都市が3D都市モデルの構築対象となっている。
PLATEAUのデータは、従来のような景観再現用ジオメトリ(幾何形状)のみの3Dモデルではなく、建物や街路が定義され、高さや用途の属性が付与された「セマンティック(意味論)モデル」となっている。
デジタルツインのさまざまなシミュレーションでは、この「意味データ」が重要になる。
3Dのオープンデータといえば、静岡県が既に航空レーザーとMMS(モービルマッピングシステム)によるレーザーのハイブリッドによる3D点群データ「VIRTUAL SHIZUOKA」(バーチャル静岡)をオープンデータとして公開している。
こちらは高精度・高密度で景観を再現しているが、点群データのため、PLATEAUのような都市モデルとは少し性質が異なる(加工すればモデル化も可能)。
PLATEAUが建物や街路の単位で意味データを持つのに対して、VIRTUAL SHIZUOKAは点群単位で3次元の座標情報や色情報を持つ。どちらも3Dデータであるが、仕様が異なれば用途も異なる。
VIRTUAL SHIZUOKAもG空間情報センターの公開サイトからデータをダウンロードできる。
VIRTUAL SHIZUOKAの3D点群データで再現した道路と街並み
(出典:静岡どぼくらぶ YouTube Channel)
多様な3Dデータが混在する時代に
PLATEAUやVIRTUAL SHIZUOKAに限らず、今後は民間も含めさまざまな3Dデータが公開されていくはずだ。
こうしたデータは整備の目的や方法が異なることから、同じ3Dデータであっても種類や形式、精度がバラバラというケースも出てくるだろう(当然用途も異なってくる)。
OGC(Open Geospatial Consortium)では3D都市モデルのための規格「CityGML」を定めており、前述の意味データもそこに記述されている。
またCityGMLではモデリングのレベルとしてのLOD(Levels of detail)が0~4まで導入されている。
たとえばLOD0では建物は平面図で地形モデルや3D座標を持つ、LOD1では建物はキューブ状で階層を持つ、LOD2であれば建物の外郭や屋根の形状がわかる、といった形である(LOD4になるとBIM/CIMと連携して建物内部までシームレスになる)。
ひと口に3Dモデルといってもさまざまな整備レベルがあるということだ。PLATEAUは現段階ではLOD1で整備されている。
こうしたモデル以外にも地質やボーリングデータ、埋設管といった地下空間も3Dデータ化の必要があるし、将来は人流データや個人のログさえも3Dデータとしてプラットフォームに乗ってくる可能性がある。
いずれはどのレベルの3次元化を目指すのかも一つのテーマになるだろう。
OGCが定めるCityGMLにおけるLOD
(出典:国土交通省PLATEAUウェブサイト)
どのように整備し、どのように使うのか
データ整備における理想は、こうしたデータがある程度仕様統一されたうえで一元化され蓄積されることだろう。
しかし日本のような広い国土でシンガポールと同じような画一的なデータ整備は簡単ではない。
国が全国の隅から隅まで高精度・高品質(たとえばLOD3以上)なデータ整備を行うのは現実的ではない。かといって小さな自治体が独自にデータを整備するのは難しいだろう。
むしろデータの作り方や精度に、ある程度の幅を設けてレベル化したうえで、プラットフォーム上に分野を越えたデータを蓄積することが重要になる。
利活用が進んでいくには、使い勝手も一つのカギになる。
PLATEAUが公開されると、早速SNSでは「PLATEAUをダウンロードしてこんなものを作ってみました」といろいろな試作データが発表された。こうした流れはオープンデータならではといえる。
オープンなデータとオープンなツールが公開されている現在、ある程度のスキルがあればさまざまなシミュレーションが作れてしまうが、その一方で実際にはこうしたスキルを誰もが持っているわけではない。
本当の意味で利活用促進を図るのであれば、誰もが手軽にデジタルツインを使えるプラットフォームが必要になる。
米国に本社を持つVRシステムなどの開発を手掛けるSymmetry Dimensions Inc.では、誰もが利用可能なプラットフォーム「SYMMETRY」を開発しており、SaaSの形で公開する予定だ。
プラットフォームではPLATEAUのデータを使った風量解析や流体解析も可能で、人流データやSNSのつぶやきを可視化してVRで見られるようになるという。
こうした民間サービスがどんどん出現することこそ、国土交通省がPLATEAUをオープンデータで公開した一つの目的でもある。
デジタルツインプラットフォーム「SYMMETRY」のターゲット領域
(出典:Symmetry Dimensions Inc.ウェブサイト)
どのように更新していくのか
データ整備を進める一方で考えておかなければならないのが、「どのようにデータを更新するか」という点だ。
どんなに高精度・高品質のデータでも更新が滞ってしまえば、やがて使われなくなってしまう。デジタルツインのような「生きた」使い方なら、なおさらだろう。
理想は、BIM/CIMが普及してデータを吸い上げられれば一番効率的だが、日本のBIM/CIMの現状からすると、それは簡単ではなさそうだ。
工事や建築の申請に使う方法も以前から議論されてきたが、実現していない。
OSMが実現しているようなユーザージェネレーテッドな更新もあるが、網羅性という点では難しい。個別更新ができないならば、何らかの形で面的更新を行っていくしかない。
その一つの方法が、衛星を使った面的更新だ。
衛星データは分解能の点では地上データほどではないが、常時観測可能であり、データを取り続けている点が強みである。
超小型衛星が普及して衛星のコンステレーションが実現すれば、観測頻度が大幅にアップするし、衛星データからAIを活用した建物の変化抽出は実績もある。
仕組みを作り込めば、ある程度の精度での面的更新は可能だろう。
実際に前述のSymmetry Dimensions Inc.は、プラットフォームの更新を目的として、衛星データのAI解析を手掛けるスペースシフトとの提携関係を結んでいる。
衛星データによる新規建物の自動検知
(画像提供:スペースシフト)
もう一つのデジタルツイン
PLATEAUの公開が一つのトリガーとなって、デジタルツインの活用は今後進んでいくことになるだろう。
最後に、もう一つのデジタルツインに触れておきたい。
現状のデジタルツインは、たとえば自動車工場であればエンジンを作って、それをバーチャル空間で動かし、設計にフィードバックするという使われ方である。
車であれば車、ロボットであればロボットと、それぞれ個別にモデルを構築し利用しているケースがほとんどだ。
NTTでは、このように散在している個別のデジタルツインを複製・融合・交換して、個人の多面的な意思決定と街全体の最適化を連携させる、デジタルツインコンピューティングの実現に向けて開発を進めている。
NTTが研究を進めているのはIOWN(Innovative Optical and Wireless Network=革新的な光と無線のネットワーク)と呼ばれる最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤だ。
通常は光ファイバーで通信したもの(光信号)を電気信号に戻してコンピューティングを行うが、この方法は変換時に遅延が生じたり、発熱によりコンピュータの処理能力が上がらない問題がある。
光信号のままコンピューティングが行えれば、大幅な省電力、低遅延が可能になり、通信やコンピューティングは飛躍的に向上する。
計算処理を高速化して、より即時性のあるデジタルツインコンピューティングが実現する仕組みだ。
従来のデジタルツインとIOWNが目指すデジタルツインコンピューティング
(出典:NTTウェブサイト)
さまざまなデジタルツインを統合した「リアルタイムなデジタルツイン」を実現するには、スマートフォンや車、IoT端末など各種センサーから直接データを取得する必要がある(従来はそれぞれで取得し統計処理を行った後に利用されている)。
その際に少しでも測位や時刻のズレがあると、高精度のシミュレーション計算はできない。
デジタルツインコンピューティングを実現するには、それぞれのデジタルツインをリアルタイムかつ精緻にすることが求められる。
そこにはIOWNの技術が欠かせないというわけだ。
デジタルツインでは、高精度な地理空間情報データベースにセンサーデータをマッピングし、さらにセンサーデータの「意味」を解釈していく。
セマンティックな(意味を持つ)データが正確にマッピングされれば、精緻なデジタルツインを作ることが可能になる。
すべての通行車両の高精度な位置・時刻情報の取得が実現すれば、各車両のセンシングデータをリアルタイムに収集・演算して配信し、交差点を通行する車両を信号なしで自動制御する世界が実現する。
IOWNが目指すデジタルツインコンピューティングは、さまざまな情報を「超リアルタイム」で処理し、人や街全体を理解したうえで、部分最適と全体最適を両立させる。
もちろん、センサーが取得したデータを瞬時に反映できれば、3Dモデルも超リアルタイムに更新できるようになる。
夢のような話ではあるが、遠くない未来の姿である。
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