コラム 人と星とともにある数学 数学

桂田芳枝|数学で日本初の女性理学博士

算数大好き少女が夢見た道

『高次空間の非ホローム系に於けるextensorのオペレーションについて』。

桂田芳枝は、この論文で1950年に我が国初の数学の女性理学博士となりました。

桂田芳枝は1911(明治44)年北海道余市郡赤井川村で生まれ、ニッカウヰスキーで知られる余市町で育ちました。

もともと算数が大好きだった彼女は、1924年に小樽高等女学校に入学すると数学への思いはさらに大きくなります。その女学校に勤務していたのが芳枝の姉、静枝でした。

芳枝は教鞭を振るう姉の姿に、自分も姉のように好きな道に進む女性になりたいと願ったといいます。

父と姉の後押しで北大を受験

1929年、18歳の芳枝は両親のもとで家事手伝いを始めます。しかし、芳枝は数学者になる夢を諦められませんでした。そんな妹の姿を見抜いた姉、静枝は芳枝に大学の聴講生になることを勧めます。

1931年に東京物理学校、現在の東京理科大学の聴講生となります。そこには姉のみならず、小学校校長だった父の芳枝の夢への理解と応援がありました。

ちょうどこの頃、北海道大学に理学部が創設されました。

22歳の芳枝は北大への入学を夢見ます。ところが、受験資格である高等女学校の教員資格取得の受験に不合格、北大へは行けなくなりました。しかし、姉の静枝が北大数学教室の勤め口を探してくれたことで事務補助員となりました。

2年間雑用の仕事をした後、今度は東京女子大学数学専攻部に入学。在学中に教員検定試験に合格、北大入学を果たします。

29歳になっていた芳枝は10代の学生の中で数学を学び続け、優秀な成績で卒業。同時に北大理学部数学科幾何学教室の助手に採用されました。

数学者の道をまい進

敗戦直後の混乱の中、芳枝は学位取得の目標に向かって突き進んでいきます。

かくして1950年、冒頭の論文 “On the operations of extensors referred to a nonholonomic system in a space of higher order” を発表、芳枝に我が国初の数学での理学博士の学位が授与されたのです。

芳枝、39歳のときでした。夫と3人の子供に先立たれていた芳枝の母は、娘の学位取得のニュースに涙を流して喜んだといいます。

この年、1950年に芳枝は北大の助教授に任命されます。いよいよ夢にまで見た数学者としてのスタートを切ることになりました。

ところが、職場である北大の数学教室は、教授が一人しかいないという状況に陥っていました。芳枝は研究と同時に学生の育成にも力を注ぎました。

一人でいくつものの講座を担当し、学生たちに情熱あふれる指導を続けていったのです。研究者・教育者の道を目指す教え子が大勢巣立っていきました。

芳枝の努力のおかげで数学教室には活気が戻り始め、世界中の数学者を集めた研究集会を開催するまでになりました。

論文の数は1950年1本、1951年8本、1952年4本、1953年2本、1954年2本、1955年1本、助教授になって6年間で18本を仕上げました。

これらの業績が評価され、ついには1956年、芳枝はローマ大学国立数学研究所に招聘されました。

数学者ホップとの共同研究

そしてその半年後にスイス連邦工科大学に行くことなり、そこで数学者ハインツ・ホップ(Heinz Hopf,1894-1971)に出会い共同研究を始めます。

ホップはホップ代数、ホップ多様体、ポアンカレ-ホップの定理、ホップ不変量などで知られる微分幾何学の大家です。

二人の共同研究は最先端の研究でした。1957~1958年にかけての1年間にわたり繰り広げられた巨匠との議論は「リーマン空間における閉超曲面の或る合同定理」に結実します。

次が二人によって得られた定理です。

この結果は1958年エディンバラで開催された国際数学者会議で発表されました。数学者になりたいという芳枝の夢が大きく花開いた瞬間でした。

このときのことを芳枝は次のように語っています。

そのときの喜び、感激は言葉では言い表せません。それまでの先生との血のにじむような討論の毎日,純粋に学問一筋に研究のみに没頭した生活の充実感,それらは苦しいが素晴らしいものでした。

数学の魅力、それこそが立ちはだかった幾多の障害・困難のすべてを芳枝に乗り越えさせたのです。

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桜井進(さくらいすすむ)様

1968年山形県生まれ。 サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。 (略歴) 東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。 理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。 公益財団法人 中央教育研究所 理事。 国土地理院研究評価委員会委員。 2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。 全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。 著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。 サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。

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