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地球と数学|メルカトル図法を探る その4 - グーデルマン関数の逆関数


前回は、1.「1/cosθの定積分」──メルカトル図法における緯度の間隔の謎解き──の計算と2.「双曲線関数の公式」を取り上げました。これで3.「1/cosθの定積分」がグーデルマン関数の逆関数であることを語る準備ができました。

  1. 「1/cosθの定積分」の計算
  2. 双曲線関数:定積分とグーデルマン関数の関係を語るために必要な数学
  3. グーデルマン関数
  4. メルカトル図法の検証:地図の実測値と理論値の比較

3. グーデルマン関数

3-1. 名前の由来

双曲線関数cosh(hyperbolic cosine、ハイパボリックコサイン、双曲線余弦関数)の逆数の定積分がグーデルマン関数です。グーデルマン関数は1760年代に双曲線関数と同時期にランベルトによって紹介されました。

1761年に円周率の無理数性を証明したことで知られるドイツの数学者・物理学者ヨハン・ハインリヒ・ランベルト(1728-1777)は、1772年に地図投影法を考案しました。それが、横メルカトル図法・ランベルト正積方位図法・ランベルト正角円錐図法・ランベルト正積円筒図法・ランベルト正積円錐図法です。グーデルマン関数は、ランベルトの業績にちなみ、ランベルト関数と呼ばれることもあります。

後に「ケイリー・ハミルトンの定理」で知られるイギリスの弁護士・数学者アーサー・ケイリー(1821-1895)によって、ランベルトによるこの関数はグーデルマン関数と名付けられます。

3-2. クリストフ・グーデルマン

クリストフ・グーデルマン(1798–1852)はドイツの数学者です。カール・ワイエルシュトラス(1815–1897)の師としても知られています。グーデルマンによる楕円関数の研究は、ワイエルシュトラスの研究に大きな影響を与えました。

三角関数と双曲線関数の関係の重要性をいち早く説きながら、54歳の若さでこの世を去りました。この関数は彼の名にちなんで、グーデルマン関数と呼ばれています。以下の三角関数と逆三角関数の計算を見れば、そのことに納得されるでしょう。

3-3. グーデルマン関数が表すもの

グーデルマン関数の逆関数(gd-1)は、これまで説明してきたように、緯度φ[rad]を入力するとメルカトル図法上の赤道からの距離が導き出されます。したがって、その逆関数であるグーデルマン関数(gd)は、図法上の距離を入力することで、対応する実際の緯度φ[rad]を導き出す関数となります。

3-4. グーデルマン関数 定積分の計算その1

グーデルマン関数の定積分を計算していきます。

「定積分計算その1」は被積分関数のcoshを、前回紹介した「双曲線のパラメーター表示」の式に置き換える方法です。この置き換えにより、coshは指数関数の式になります。

次に指数関数をsと置き換えることで、被積分関数はsの有理式(分数の形)へと変形されます。この不定積分は公式★によりtanの逆関数arctanで表されます。はたして、定積分は指数関数を用いた形(赤の四角囲み)として得られます。

3-5. グーデルマン関数 定積分の計算その2

「定積分計算その2」は、被積分関数のcosh xをt=tanh x/2で表す方法によるものです。前回の双曲線関数で紹介した公式☆を使います。すると、被積分関数はtの有理式へと変換されます。

同様に、不定積分はその1と同じ公式★によりtanの逆関数arctanで表されます。その結果、定積分はtanh x/2を用いた形(青の四角囲み)として得られます。

3-6. グーデルマン関数 定積分の計算その3

「定積分計算その3」は、その2の結果(青の四角囲み)を変形したものです。y=(青の四角囲み)とおくことで、arctanの引数であるtanh x/2(=tan y/2)を表に取り出すことができます。

すると、前回の三角関数の2倍角の公式より、tan yはtan y/2を用いて表すことができます。そのtan y/2をtanh x/2に置き換えた式は、公式◎よりsinh xと等しいことがわかります。はたして、両辺のarctanをとることでその2の結果はsinhの式(緑の四角囲み)に変換されます。

以上のようにグーデルマン関数の定積分は3通りに計算されます。

3-7. グーデルマン関数の逆関数

これで、メルカトル図法の「1/cosθの定積分」がグーデルマン関数の逆関数であることを語る準備ができました。グーデルマン関数の定積分の計算その3(緑の四角囲み)を使います。

グーデルマン関数の式gd x = arctan(sinh x) からグーデルマン関数の逆関数を求めます。まず、両辺のtanをとり、tan(gd x)=sinh xとします。y=gd xとおけば、tan y=sinh xとなるので、両辺のarsinhをとって、arsinh(tan y)=xが得られます。

これはxをyの関数として表したものであり、逆関数そのものです。xとyを入れ替えればグーデルマン関数の逆関数の完成です。計算を続けます。

前回に紹介した双曲線関数の逆関数(逆双曲線関数)arsinhの式により、グーデルマン関数の逆関数はlogの式に変形されます。logの引数(三角関数の式)を変形していくと、ピンクの四角囲みが得られます。

次にメルカトル図法の「1/cosθの定積分」に戻ります。

前回計算した不定積分の式変形の中に青の四角囲みが見つかります。これを用いて得られる定積分の結果が3-7のピンクの四角囲みの式と等しいことがわかります。

以上で、メルカトル図法の「1/cosθの定積分」はグーデルマン関数の逆関数(逆グーデルマン関数)であることが示されました。

4. メルカトル図法の検証:地図の実測値と理論値の比較

4-1. ゲラルドゥス・メルカトル

メルカトルが生きた16世紀には、上記のような三角関数・双曲線関数の微分積分はありませんでした。そんな中でメルカトルがこの図法を作りあげたことに驚かされます。

ゲラルドゥス・メルカトル(1512-1594)は、現ベルギー生まれの地理学者です。大学で幾何学・天文学・地理学を学び、数学者ゲンマ・フリシウス(1508-1555)と共に、地球儀・日時計・アストロラーベなどを製作し成功を収めています。

1569年、57歳のメルカトルはメルカトルの名を不朽ならしめた世界地図「Nova et Aucta Orbis Terrae Descriptio ad Usum Navigantium Emendata」(船乗りの使用のために修正された地球の新しい拡張記述)を完成させます。

メルカトル図法上の赤道から緯度φまでの距離(緯線距離)の算出をメルカトルはいかにして行ったのか。残念ながらメルカトル自身は計算の詳細を残しませんでした。そこにはメルカトルより10年前に生まれたポーランドの数学者ペドロ・ヌネシュ(1502-1578)──等角航路の最初の提案者──の存在がありました。メルカトルはヌネシュの結果を大いに参考にしたようです。

次の級数展開はハレー彗星で知られるエドモンド・ハレーが1696年に発表したものです。

16世紀は、海上で経度測定が不可能だったことと方位磁針による角度測定により、メルカトル図法の等角航法は実際に使われることはありませんでした。航海用クロノメーターと磁気偏角の空間分布が明らかになった18世紀半ばになって初めて、メルカトル図法は航海士に使われるようになりました。

4-2. メルカトル図法の検証

時代をはるかに先取りしていたのがメルカトル図法だったということです。最後に正距円筒図法とメルカトル図法を用いて、メルカトル図法の精度を確かめてみます。地球の半径を1として、PC上の図の距離をポイント(pt)で測ります。

赤道から緯度80°の緯線までの距離は、正距円筒図法では214pt、メルカトル図法では373ptなので、メルカトル図法の値を正距円筒図法で割ると、その比は373/214=1.74となります。それに対して、実際の地球上の赤道から緯度80°の緯線までの距離は80/180×π=1.39…[rad]、そして「1/cosθの定積分」の値は2.43…と計算されるため、その比は2.43/1.39=1.74…となります。

このように、地図上の実測値の比と理論値の比が一致することが確認できます。

 

インフォマティクスからのお知らせ

空間情報クラブ編集部です。

今回のコラムでは、グーデルマン関数を用いてメルカトル図法の理論値を検証し、地図上の実測値がいかに緻密な計算に基づいているかを解説しました。

地図投影法は単なる描画の仕組みではなく、3次元の地球を2次元で正しく扱うための高度な数理モデルです。投影法への理解は、GIS(地理情報システム)の実務においても重要な鍵となります。

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桜井進(さくらいすすむ)様

1968年山形県生まれ。 サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。 (略歴) 東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。 理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。 公益財団法人 中央教育研究所 理事。 国土地理院研究評価委員会委員。 2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。 全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。 著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。 サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。

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