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自然災害の予兆検知への取り組み|最新テクノロジーで命を守る

10月 29, 2020

自然災害において甚大な被害を防ぐには、早い段階での避難に勝る方策はない。

台風のようにある程度進路やその被害が予測できるケースでは、タイムライン(起こり得る状況を想定しながら、どの時点でどのような防災行動をとるのかを時系列に整理した防災計画)に従った事前避難も可能だが、予想が困難な豪雨や、どこで発生するかが推定しにくい土砂災害などでは、何らかの予兆をトリガーとした緊急避難に頼らざるを得ないケースも考えられる。

本記事では、氾濫を対象に被害を防ぐための予兆検知の動向について紹介する。

ディープラーニングによる洪水予測システム

河川の洪水予測には大きく分けると2つの方法がある。

一つは、全国の多くの河川で用いられている力学的な水位予測モデルだ。

力学的モデルは降雨から浸透や地下水流動、表面流動と河川への流れ込み、河道での流下といった、降雨から流出までの一連のプロセスを計算モデルによって表現する方法だ。オーソドックスな方法ながら、地形や構造物等のデータの整備やモデル構築、さらには計算に用いるパラメータのチューニングなど労力も大きく、コストもかかりがちである。

もう一つのアプローチが、統計的な浸水予測モデルだ。

蓄積された降雨や水位のデータから、データ同士の関連を統計モデルによって表現する。この方法についてはAI(ニューラルネットワーク)を用いたさまざまな研究がされているが、入力データを増やすと誤差が拡大するという問題があった。この問題を解決したのがディープラーニングの手法を適用した事前学習によるモデルだ。

日本工営ではこの手法による洪水予測システムを開発し、宮崎県の大淀川水系樋渡水位観測所を予測対象地点として精度検証を実施している。

1990年から2014年までの25年間に同水系で発生した洪水のうち、樋渡地点の水位が高かった順に24例を抽出、それぞれの流域内における水位・雨量の観測データによって学習を行ったところ、ディープラーニングの予測結果は各洪水と実測水位をほぼ再現できたという。

都城盆地の降雨が集まる場所に位置する大淀川水系樋渡水位観測所(赤丸:地理院地図より)

その後、他の検討地点も加えて、入力データの数を変えた場合のケーススタディも行われ、従来型のニューラルネットワークでは、入力データ数が増えるに従って誤差が増大するのに対して、ディープラーニングでは入力データの増加が有効活用され、精度が向上した。

より多数の観測情報が活用できるケースでは、特に深層学習の優位性が大きいことが示された。

なおこのAIによる水位予測手法は論文として発表され、平成28年度に土木学会より水工学論文賞を受賞している。

水位情報をクラウドで提供する「RiverCast」

もっとも、この手法にも課題はある。

統計モデルによる予測は、学習経験のない事象に対する適性が不確定という点だ。未曾有の洪水が発生した場合の予測精度が担保されないことに不安の声もある。

構造計画研究所では力学系理論に基づく予測手法により、過去の雨量と水位のデータだけから30分ごとに6時間までの水位を予測してクラウドで提供する仕組み「RiverCast」を開発した。

カオス時系列解析で用いられる「埋め込み」と呼ばれる手法を応用している。

非線形時系列解析において、河川水位のように決定論的ダイナミクスから生成される時系列データは、一部の観測データからのみでも、それを「埋め込む」ことで方程式の解軌道を再構成できる。一部データの埋め込みによって再構成した解軌道の幾何学的な挙動を利用することで将来の水位を予測するというものだ。

この手法では従来の物理モデルが必要としていた流量や河川形状、地形などのデータや水位流量曲線の構築も不要で、ほぼリアルタイムの予測を可能にしている。

「RiverCast」は2018年に提供を開始、導入コストが大きい物理モデルの導入が難しい中小河川に適用しやすい利点を生かして、既に自治体への導入実績もあるほか、政令指定都市や国土交通省河川事務所への試験導入も進んでいる。

「RiverCast」の概要。アラートメールの設定も可能(内閣府防災情報より)

RRIモデルによるリアルタイム氾濫予測

河川の氾濫予測は従来特定の河川をそれぞれ単独で予測する。そこには大きなコストが発生するため、結果として全国を網羅する河川の氾濫予測を整備することは簡単ではない。

こうした中、三井共同建設コンサルタント京都大学防災研究所日本電気の3者は「降雨流出氾濫モデル」(RRIモデル)による全国を網羅したリアルタイム氾濫予測システムを開発した。

全国を4秒メッシュに分割してリアルタイムの雨量データから各地の河川の増水や氾濫の状況を予測し、Webブラウザで閲覧できるという仕組みだ。

全国版リアルタイム氾濫予測システムの画面(NECによるプレスリリースより)

RRIモデルは「流域内に降った雨が河川へと集まる」「洪水が発生し河川を流れ下る」「河川を流れる水が氾濫原にあふれ出る」という3つの現象を流域内一体で予測する数値モデル。

従来の氾濫予測が降雨から流出量を算出する流出解析と、流出量から氾濫を算出する氾濫解析とそれぞれ独立したプロセスを経ていた。しかしこの方法は時間がかかるうえ、地点ごとに解析を行うため、相互の影響や氾濫した水が再び稼働に戻るケースなどは反映されないといった課題もあった。

RRIモデルでは地形と浸水深による水面勾配を考慮して流下方向を逐次決定する(通常は地形勾配に従って流量が蓄積される)ため、現実に起こり得る「流下方向の逆転」の想定も可能であるほか、実際に氾濫が発生している状況下での予測にも対応できる強みがある。

RRIモデルの概要
(ICHARM:ユネスコ後援機関 水災害・リスクマネジメント国際センターウェブサイトより)

もっとも、全国版リアルタイム氾濫予測システムにも課題がある。なかでも大きいのが計算負荷の問題だ。1河川についての予測であれば小規模なマシン1基で十分だが、全国を網羅する形で一気にリアルタイム予測を行うにはスーパーコンピュータレベルの設備を要することになる。

現実的なところに落とすならば、国土交通省が行っている大河川の分流型流出モデルの対象外の河川について、自治体単位でカスタマイズして活用するという形になるだろう。

内水氾濫に対応したリアルタイム浸水予測

ゲリラ豪雨のような局地的な大雨による浸水被害は毎年のように発生しているが、こうした浸水の原因は必ずしも河川氾濫によるものではない。

頻度としてはむしろ雨水が下水道等の排水能力を超えることで発生する内水氾濫による浸水の方が多いのが現実だ。

国土技術政策総合研究所ではこうした内水氾濫に対応したクラウドによるリアルタイム浸水予測システムを開発・運用している。対象区域について1時間先までの10分おきの浸水予測計算を行い、25m単位のメッシュごとに浸水深を表示する仕様となっている。

その特長は河川の観測所の水位に加えて、人孔(マンホール内)の水位を1時間先まで見ることができることだ。こちらは地表面から-○mという形で表示され、数字が+になると溢れているという状態になる。

 

リアルタイム浸水予測の仕組み(上)とシステムの画面イメージ(下)(国土技術政策総合研究所提供)

1時間先までの予測降雨強度データ(高解像度降水ナウキャスト)や実測レーダ雨量(X-rain2)、河川水位データなどを受信し、河川・下水道・地表面の水の動きを相互に関連付けて浸水予測計算を行う。

下水管は東京都下水道局のデータベースを使用している。下水から溢れた水や、同じく下水から川に流れ込んだ水が溢れた場合については、国土地理院の5mDEMに基づいた地表面の地形を使って計算され、現在地や上流の状況だけでなく、下流の河川の水位が上がると排水が滞るため、東京湾の霊岸島の水位の高低も考慮してモデルを計算するという緻密なものだ。

予測の仕組み(国土技術政策総合研究所提供)

2019年12月時点では東京23区の一部(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区の5区に加え、神田川及び石神井川水系の流域内)が整備済みで、社会実験も行われている。

任意の地点での浸水が予測された場合にアラートメールを配信する仕組みもある(アラートメールはメッシュ単位と水位を選択可能)ことから、個人がオーダーメードな予測を入手できる点で画期的といえる。

課題は、やはりモデルをつくるのに時間も費用もかかることだ。現実的には必要とする場所から徐々に広げていくような展開になるだろう。

AIによるダムの流入量予測

2018年の西日本豪雨の際に、愛媛県を流れる肱川で、上流の野村ダムが実施した緊急放流を発端に下流域の西予市や大洲市で広範囲にわたる浸水被害が発生したことについてさまざまな議論があった(国土交通省は規則に従った放流であったとしている)が、洪水調節においてはダムが重要な役割を果たすことはよく知られている。

ダムにおいて事前に豪雨が予想できる場合は、水道や農業用水、発電といった利水目的で貯めてあるダムの水位を、事前放流により大雨の前に予め下げておくことで、下流域の洪水被害を軽減することができる。

しかし2020年7月に熊本県の球磨川流域を襲った豪雨では、事前放流が必要になるほどの雨が降るとの予測ができず、この仕組みを機能させることができなかった。

政府が2020年4月に示したガイドラインによれば、事前放流するかどうかは降雨の3日前から判断することになっている。しかし洪水調整が目的の治水ダムと異なり、利水ダムは放流能力に限界がある。水位を下げるにはそれなりの時間が必要となる。

事前放流の実施フロー(国土交通省 事前放流ガイドラインより)

こうした状況を受け、茨城県ではAIによる予測で事前放流を判断するシステムを導入した。雨量予測データからダムへ流れ込む水量を計算することで、事前放流が必要か否か、洪水調整のための貯水位などを的確に分析して、下流に浸水被害を及ぼす可能性のある緊急放流の回避につなげようというものだ。

このシステムでは国土交通省が3日前から提供している1時間ごとの雨量予測データを活用、ダムごとの過去の洪水実績とともに分析し、各ダムに流入する雨量を予測する。

その結果予測水位が(緊急放流が必要となる)「異常洪水時防災操作開始水位」を超えると判断されれば、事前放流を実施して貯水位を下げておくという仕組みだ。

システムは2020年の9月末に運用が開始され、台風12号が関東地方に接近した際には藤井川ダムで予測に基づいた事前放流が行われている。

現在AIによる流入量予測はいくつかの県で運用されている。

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遠藤宏之(えんどうひろゆき)様

地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長 著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他

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