こんにちは、インフォマティクスの空間情報クラブ編集部です。
今回は音の旅に出ましょう。
目次
音は耳から受け取る情報
この世界は人の行動や判断に影響する空間情報であふれています。
周りを見ればさまざまな形、大きさ、色、質感の情報。耳をすませばいろいろな音。リラックスできる音色、懐かしい声、不安になる音、危険を知らせる警報。
今日はそんな「音」について考察してみたいと思います。
音の行動心理学
落ち着かない音、落ち着く音
小学校の授業開始時などに使われている「ドミソ(起立)-シレソ(礼)-ドミソ(着席)」。
今でも耳に残っていると思いますし、この3つの和音が聴こえてくると思わず立ち上がり、礼をしてしまうのではないでしょうか。
起立と着席に使われる「ドミソ」という和音は、自然な音色で緊張感がなく「落ち着く」「戻るべきところ」という印象を与えるので、曲の終わりとして使われます。これでおしまい、という感じですね。
またこの和音は安定していて、次にどんな和音にも続けることができるので、曲の開始としても使われます。これから始まります、という合図ですね。「起立」(始まり)と「着席」(終わり)にピッタリです。
それに比べ、その間に使われている「シレソ」は、落ち着かず緊張している印象を与えます。
もし次の「ドミソ」が聞こえてこなかったらどうでしょう?礼をしたまま頭を上げるタイミングがなくなるだけでなく、どことなく中途半端でスッキリしないモヤモヤ感が残りませんか?
これは「ド→シ→ド」と続く音に秘密があるのです。「ド」に対して「シ」という音は、「ドに進みたい、ドに戻って落ち着きたい」という気持ちを起こさせる音なのです。
音にも意志があるようで不思議です。「ド→シ ...」で終わってしまうと居心地が悪い感じになり、「ド→シ→ド」と進めばホッと安心できるのです。
気持ちを上げる音、下げる音
こんな音のマジックで半ば条件反射的に「起立、礼、着席」したところで、この「ド・ミ・ソ」の真ん中の音「ミ」を少しだけ低くしてみましょう。
楽譜で書くと「ド・ミ♭・ソ」となり、ピアノでは半音(♭)下げることになりますが、自由に音程を調節できる人間の声やバイオリンなど弦楽器でしたら、ほんの少し低めにするだけでいいのです。
不思議なことに、もの悲しい印象の和音になります。授業の開始時に「ド・ミ♭・ソ」の音が流れたら、いきなりテンションが下がってやる気をなくすかもしれません。
挟んでいる上の音と下の音は変わらないのに、真ん中の音が上がったり下がったりするだけで、印象がガラリと変わってしまうとは不思議ですね。
「ド・ミ・ソ」は長三和音(メジャー)、「ド・ミ♭・ソ」 短三和音(マイナー)と呼ばれ、名前からしても何か不足しているような寂しいようなイメージです。
なぜこのような感覚を受けるのか、脳波などとの関係も研究されていますが解明されていないようです。
この音符を眺めていると、私たち人間と重なっているように思いませんか?
上の音が人間の頭、下の音が人間の足、と考えれば、頭と足は変化なく固定していても、ハートやテンションが上がったり下がったりすることで気分が明るくなったり暗くなったりするのと同じです。
明るい雰囲気を出したいときには、顔や動作だけでなく、真ん中にある「心(ハート)」を高めに持ち上げてみよう、と考えることもできます。
ハーモニーのシナジー効果
「△と○の絶妙なハーモニー」とか「デュエットでハモる」など、2つ以上のものをうまく合わせることをハーモニー(harmony)といいます。
ではここでクイズです。
合唱やオーケストラの音楽はハモっているとして、日本の能の謡やお経の声明はハモっているのでしょうか?
答えはYes。
西洋の合唱音楽のように和音にはなりませんが、2人以上で声を合わせている以上、ハモっていると言えます。
ハーモニーとはギリシャ神話のハルモニアに由来し「一致、連結、調和」を意味し、複数、または2人以上が出す音に共鳴が起こっている状態を指します。
共鳴が起こると、単に音が人数分出ている以上の響きが得られ、「1+1=2」以上の充実感を味わうことができるのです。
同じ種類の楽器、また双子や兄弟など、音質が似ている音は、より共鳴が強くなります。
たとえばバイオリンをしっかり調弦して音程を合わせ、ビブラートの掛け方や強弱を揃えること。
合唱や謡では、音程や発声、発音を揃える。それで共鳴が大きく強くなり充実した響きになります。
これを異なる高さの音で共鳴させると、さらに豊かな共鳴と効果が得られます。
物理的に言えば、楽器の音や人の声は、基本周波数とその整数倍音という成分からできているので、その倍音どうしを共鳴させるのです。
これが一般的に言われているハーモニーです。普段は人の耳には聞こえにくい「倍音」が、ハーモニーで共鳴することにより強調され、人の耳にも聞こえるようになります。
高いドームを持つ石造りの教会などでは、この倍音がより強調されるため神秘な響きになるのです。
不協和音は不要なのか
不協和音。
音楽の世界での狭義では、3和音の3度と5度の音程が長・短3度と完全5度である和音を協和音とし、それ以外の和音を不協和音と定義されています。
簡単にいうと、不協和音とは人間の耳に濁って聞こえる和音、気持ち悪い音の重なりのことを指します。たとえば、ピアノの隣どうしの音を同時に鳴らすと、なんとなく居心地が悪い音になります。
比喩的に、お互いの意見やウマが合わず仲の悪い状態も指します。
音楽にしても人間社会においても、居心地の悪さを引き起こす不協和音なんてなければいいのにと思われるかもしれませんが、否、案外そうでもないかもしれません。
不協和音と言えば、まず現代音楽を思い浮かべるかもしれません。確かにクラシックと呼ばれる曲には不協和音は少ないのですが、意外にも効果的に使われています。
モーツアルトの曲にも不協和音から始まるものがあります。不協和音を少し使うことで、曲に変化ができて表現が豊かになるのです。
同じように人間社会でもときどき起こる不協和音が、より強固な関係に結びつくことがあります。
真逆の意見が出ても、いきなり拒否せずいったん耳を傾けて議論を続けていけば、予想外のユニークな企画がうまれて最強のプロジェクトチームになるかもしれません。