前回の前編では、0乗が1になる3つの説明を紹介しました。どれも数学の知識を必要とするものです。
今回紹介するのは数学の知識も面倒な計算も必要ないとても簡単な説明です。あまりに簡単で短いので、その前に世界中にある「2の冪(べき)」の物語を紹介したいと思います。
目次
「2の冪」の物語
その1|曽呂利新左衛門(そろりしんざえもん)と米粒
初代曽呂利新左衛門は豊臣秀吉に仕えた人物です。新左衛門は秀吉の話相手をつとめる役でした。新左衛門は秀吉から褒美がもらえるというので次のようにリクエストしました。
「初日は米1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、4日目は8粒というふうに、1粒から始めて、100日間、前日の倍の数の米粒を私にください」と。
大したことはないと思った秀吉は承諾したものの、後になり100日後の米粒の総数が膨大になることに気づき、他の褒美に変えてもらったという逸話です。
初日は米1粒、2日目は2粒、3日目は4粒、4日目は8粒ということは、n日目の米は2n-1粒ということです。100日目には299=63穣3825秭3001垓1411京4700兆7483億5160万2688粒となります。
その上、初日から100日目まで合計は1+2+4+8+…+299=2100-1=126穣7650秭6002垓2822京9401兆4967億0320万5375粒という途方もない数になります。
その2|将棋盤と小麦
曽呂利新左衛門と同じような話が古代インドにも残されています。
王様が家来に与える褒美が「盤の最初の升目に一粒の小麦を置き、二升目には二粒、三升目には四粒と増やしていって、最後の升目の分だけを頂きたい」というものです。
升目は8×8=64あります。最初の升目に1粒、2升目には2=21粒、3升目には4=22粒、4升目には8=23粒となるので、n升目には2n-1粒となります。はたして、64升目には263=922京3372兆0368億5477万5808粒となります。
922京粒は世界の小麦生産高の2500年分以上に相当するという計算があります。曽呂利新左衛門の126穣粒がいかに大きいかがわかります。この世の中に京や穣といった数の大きさを実感できる人はいないでしょう。
その3|ドラえもんの道具「バイバイン」とくりまんじゅう
現代版曽呂利新左衛門がドラえもんです。マンガ『ドラえもん』てんとう虫コミックス第17巻に収録されている物語「バイバイン」では、お腹が減ったのび太がおやつのくりまんじゅうを目の前に「このくりまんじゅう、食べるとうまいけどなくなるだろ。食べてもなくならないようにできないかな…」と無理難題をいいます。
ドラえもんがそれに応えて取り出した道具が「バイバイン」。バイバインを1滴かけると五分ごとに倍になるという、なんでも増やす薬です。さっそくのび太はバイバインを1滴くりまんじゅうにかけます。
どんどん増えていくくりまんじゅう、どうしても食べきれなくなり残ってしまいます。困り果てたのび太はくりまんじゅうをゴミ箱に捨ててしまいます。
そんなことを知らないドラえもんはのび太に次のように語りはじめます。
ドラえもん:一つのくりまんじゅうが5分ごとに倍になると一時間でいくつになると思う?
のび太:さあ……。百個ぐらい?
ドラえもん とんでもない!四千九六個! 二時間で千六百七十七万七千二百十六、それからわずか十五分で、一億個をこすんだよ。
ここに示された数値を検証してみます。
一時間=5分×12なので212倍すなわち4096。二時間=5分×24なので224倍すなわち1677万7216。それから15分=5分×3なので、1677万7216×23=1億3421万7728となり、確かに一億個を超えます。藤子・F・不二雄はきちんと2の冪を計算しています。
その4|コピー用紙と月の問題
コピー用紙1枚の厚さは約0.08mm(100枚の厚さが8mm)です。地球と月の間の距離は約38万kmです。コピー用紙を1回折ると2倍、2回折ると4倍、3回折ると8倍と厚さが倍々になっていきます。
問題:コピー用紙を何回折ったら月までの距離を超えるか?
もちろん実際には10回も折ることはできません。折る代わりにコピー用紙を半分に切り重ねるとすれば回数を増やすことはできますが、それでも現実には限界があります。ここは計算上の話とします。
10回折ると、210=1024倍になりますが、1024≒1000すなわち210≒103という近似を使うことでザックリ計算ができます。
20回折ると、220=210×210≒103×103=106倍
40回折ると、240=220×220≒106×106=1012倍
0.08mm×1012=80,000,000,000mm=80,000,000m=80,000km=8万km
41回で16万km
42回で32万km
43回で64万km
これより答えは43回とわかります。
指数関数的増加
曽呂利新左衛門、将棋盤、バイバイン、そしてコピー用紙を折る問題、どれも「2の冪」の物語として有名です。これは指数関数的増加や指数関数的爆発などと呼ばれます。
米粒、小麦の粒、くりまんじゅう、コピー用紙の厚さといった具体例によって指数関数的増加や指数関数的爆発が印象づけられます。
どうして0乗が1になるの?(説明その4)
コピー用紙を折る問題は指数関数的爆発の例としてだけでなく、0乗が1である説明も与えてくれます。
「コピー用紙を1回折ると2倍、2回折ると4倍、3回折ると8倍」
から、
「コピー用紙をn回折るとコピー用紙の厚さが2のn乗倍になる」
ことがわかります。
すると、nが0の場合は、
「コピー用紙を0回折るとコピー用紙の厚さが2の0乗倍になる」
となりますが、コピー用紙を0回折るとはコピー用紙1枚が最初の状態のことなので
「コピー用紙を0回折るとコピー用紙の厚さが1倍になる」
ということに他なりません。すなわち、2の0乗=1ということです。
コピー用紙を1枚手にして何回折れるか挑戦してみましょう。そうしたら、1回も折らない最初の状態が0回折ることであることをご自身で実感してみましょう。なるほど、0回折ることすなわち0乗は、厚さが同じすなわち1倍であると納得できるはずです。