地図・地理

空間情報を用いて曖昧な概念を探る|ソーシャルディスタンスや場所のブランド価値を測る

本記事は、空間情報シンポジウム2021に登壇された東京工業大学 環境社会理工学院 教授/一般社団法人地理情報システム学会 会長 大佛俊泰様の講演内容を、ご本人の承諾を得て書き起こし編集したものです。

はじめに

タイトル自体があまりにも曖昧なのでサブテーマを用意しました。

1つ目は「空間情報を用いてソーシャルディスタンスを探る(測る)」、そして2つ目は「空間情報を用いて場所名のブランド価値を探る(測る)」です。

空間情報を用いてソーシャルディスタンスを探る(測る)

人の移動とソーシャルディスタンス

まず以下の左のイラストをご覧ください。

8人の子供たちのうち誰と誰が友達かと問われたら、皆さんはどう答えるでしょうか。

ここにある限られたヒントをもとにそれぞれが居住地を表していると想像すると、自宅が近いから友達どうしかもしれないと想像するかもしれません。

しかし右のように学校区の情報が付加されると、先ほどとはちょっと異なる想像もできます。

つまり学校区が同じであれば同じ学校に通っているはずなので、交友関係はこれらの児童間で密であるという想像が成立します。

つまり交友関係は、地理的(フィジカルディスタンス)のみならず、社会的な枠組みにも大きく依存しているといえそうです。

地域住民の連携においても類似することがいえそうです。

左に示した情報だけでは、ほぼ同距離にあるので、どの地域とどの地域の連携が強いか分かりません。

しかし右のように地形情報を重ね合わせてみると、何となくタイトな連携関係が見えてくるように思います。

交通網や市街地の形成は川などに沿って発達してきた経緯がありますので、住民の交流関係・交流機会もこうした交通網に沿って形成されている可能性が高いと考えられます。

結果的に地域間連携は相対的に強い可能性があると想像できるわけです。

従来までの距離測度

従来まで地点間の距離を表現する距離速度としては「直線距離」「ネットワーク距離」「時間距離」が利用されてきました。現在でもそれぞれ重要な役割を果たしています。

しかし、それぞれについて、直線的には移動できない、交通手段・移動手段によって大きく異なる、輸送密度によるなど、限界を指摘されることがあり、それぞれの特徴を前提とした利用が求められます。

サブテーマ1では、新たに距離測度を定義し、これを用いて世の中を眺めてみようと思います。

時空間共存性からみた距離測度(DM_SCORE)

先ほどの小学生児童の例にもあったように、地域iと地域jの居住者が地域kに出て行って時間と空間を共有する場合、これらの地域間の社会的な関係は、時間と空間を共有しない人々よりも相対的に密である可能性が高いと思われます。

こうした観点から新しく距離測度を定義してみようということで、これを「DM_SCORE」(Distance Measure based on Spatiotemporal COexistence of REsidentsの略)と呼ぶことにします。

まずはイラストを使って直感的に理解していただこうと思います。

下の図はそれぞれの地域の居住者が各時刻にどこに滞在しているかという時空間分布を模式化したものです。

例えば居住者の一部は朝自宅を出て昼間はオフィスや学校に滞在し、その際、地域Aと地域Bの居住者の分布が重なる場合があります。

重なる人数が多いほど、そして重なっている時間が長いほど関係性は密である可能性が高いと考えられます。つまり、社会的な距離は近い、DM_SCOREは小さいと考えます。

距離の公理

2つの分布の重なり具合(類似性)を図る方法としてイェンセン・シャノン・ダイバージェンス(JSD)というものが知られており、これを活用しようと思います。

距離というからには距離の公理を満足しなければなりません。

距離の公理というのは、ここにある直線距離の場合を例にとると、非負性(距離)は0以上になっていること、非退化性は、iとjが重なると0になること。
それから対称性は、iからjまでの距離とjからiまでの距離は均しいこと。
そして最後に、三角不等式、つまり第3の地点kを経由すると必ず距離は長くなくなること。

直線距離の場合は成立しますが、このJSDの場合、三角不等式だけは満足することができません

イェンセン・シャノン・ダイバージェンスと距離の公理

しかしそのルートを取って考えると、この三角不等式も満足することを数学的に示せるので、ここではこのJSDのルートをとった値をDM_SCOREと定義することにします。

DM_SCOREと距離の公理

計算方法とデータ

それではこのDM_SCOREを計測してみようと思います。ここではパーソントリップ調査のデータを使用します。

パーソントリップ調査データは、ご存知の方も多いと思いますが、空間移動の発着地点とその時刻が目的や交通手段に関する情報と一緒にデータ化されています。

非常に精緻なデータです。首都圏ではこのように非常に広い空間範囲を対象に調査が行われており、このデータを使えば各人の時刻別の滞留場所がわかります。

1つ例をご覧いただきましょう。

データの一部ですが、早朝にはまだ自宅に滞在している人が多く、昼には都心の商業施設に移動して、夕刻になるとまた移動が始まり、夜には自宅に帰っていくという時空間分布が見て取れます。

 

建物内滞留者の時空間変動

パーソントリップ調査データの概要

東京都市圏パーソントリップ調査の概要

このデータを使ってDM_SCOREを計算して、簡単な例として特定場所から見たDM_SCOREの分布を見てみましょう。

星印の付いているところから見て、赤くなる地域ほどDM_SCOREの値が小さい、つまり距離的に近いことを表しています。

特定ゾーンからの距離(DM_SCORE)

これは同心円状になっていないことが特徴で、例えば新宿の場合、山手線を越えた千葉方面からの距離よりも、どちらかというと中央線沿線の西側からの距離の方が近い(赤くなっている)ことが分かります。

他の例でもそのような傾向が見て取れます。

DM_SCOREによる都市分析と視覚化

では、DM_SCOREを使った簡単な都市分析の例をご紹介しましょう。

都心モデル、特に理論モデルなどでは「都心」というものを頻繁に仮定します。同時に「都心までの距離」という概念も頻繁に登場します。

しかしどこが都心であるのか非常に曖昧ですし、都心までの距離をどのように計測すればよいのかも一意に定めることができません。

そこで「各地点から全ての地点までのDM_SCOREの平均値を都心までの距離」と考えてみようという提案です。

全ての地点までの距離が短いということは、それだけ中心的な地点である(中心地に近い)という考え方です。

右のDM_SCOREの分布を見ると、皇居を含む千代田区よりも商業エリアを多く含む地域で値が小さくなっていることが見て取れます。

「都心」とはどこ?「都心までの距離」とは?

全ゾーンまでのDM_SCOREの平均値

この「都心までの距離」を古典的な都市モデルに応用しました。

まずは、「人口密度は都心からの距離に応じて指数関数的に減少していく」というクラークの式(非常に有名なシンプルなモデル)に適応してみました。

左は、皇居を都心とみなして「皇居からの直線距離を都心までの距離」と考えて計算した結果です。

そこそこフィッティングはいいのですが、右の「DM_SCOREの平均値を都心までの距離」とみなして計算した結果の方がフィッティングがよく、ばらつきもよいということが見て取れます。

そして以下は空間相互作用モデルです。空間相互作用モデルというのは2地点間の物や人の動きを記述するモデルです。

ここでも、2地点間の直線距離を使った計算結果よりも、2地点間のDM_SCOREの値を使った方が高精度で説明できていることがわかります。

地域分類への応用例

次に地域分類に応用した例をご覧いただきたいと思います。

一般に、類似性が高いものを同じグループに、類似性が低いものを異なるグループに分類する方法として「クラスター分析」というものがあります。

1都4県にまたがるこの対象地域に275の市区町村があります。これを、個々の市区町村間の直線距離の近さだけをもとに15個に分類した結果が左側です。

市区町村間の距離だけをもとにしているので、県境と無関係な地域分類がなされていることがわかります。

一方、同様のクラスター分析を市区町村間のDM_SCOREの値をもとに行なった結果が右側です。

DM_SCOREには行政界に関する情報は一切含まれていませんが、得られた空間クラスターの境界部分が県境と一致する箇所が非常に多く発生していることがわかります。

直線距離による地域分類

DM_SCOREによる地域分類

これは非常に興味深い結果です。

県境には大きな川などが流れていて、地理的障害となって私たちの空間移動を規定して、結果的にDM_SCOREの値に反映されたため、こういったクラスターの結果になったと考えられます。

同じ分析を東京都23区を対象に行なってみました。

23区内には265個の小ゾーンと呼ばれるPTデータのゾーンがあります。そこで265個のゾーンを15個に分類することを試みました。

これは地理的、距離的に近いものが同じゾーンに分類されるので、区境とは全く関係のないクラスターになることが確認できます。

これに対してDM_SCOREで分析すると、首都圏と同様に区境がはっきりと浮かび上がってきます。

直線距離による東京23区の分類結果

DM_SCOREによる東京23区の分類結果

つまり、私たちは行政界を意識することなく自由に空間移動を行っているわけですが、得られた地域分類の結果からは行政堺がはっきりと浮かび上がっており、これも非常に興味深い結果です。

ただ仔細にみると、足立区など1つの区で1つのクラスターを形成している場合もあれば、世田谷区のように北と南で2つのクラスターに分割されているもの、板橋区や北区のように複数区が合体して1つのクラスターを形成しているものがあることがわかります。

この背景には鉄道の路線が影響しているように思います。

すなわち人々の都市内移動は鉄道路線の影響を受けているので、このことがDM_SCOREの値に影響し、結果的に同じ鉄道沿線の地域が同じクラスターになっているといえます。

新たな距離測度としての可能性

これまでの説明だけでは何のメリットがあるのかピンとこないDM_SCOREですが、その可能性について少し考えてみました。

ここで1つの仮説を用意しました。それは、住民の意識あるいは価値観は同じクラスター内の方が異なるクラスター間よりも類似している、というものです。

この例についていえば、楕円に囲まれた地域住民の方がなんとなく気が合うのではないか、という仮説です。

仮説検証のため、まずアンケート調査の集計単位について考えてみましょう。

単純な例として4つのゾーンから成る地域を考えます。それぞれのゾーンには赤い数字で示すように住民が住んでると想定します。

この対象地域を2つの地域に分割し地域特性を捉えたいと考えているとします。

すなわち、4つのゾーンを2つの調査区に分ける問題ですが、このように2つのグループに分けると、居住者の分布に偏りが生じます。20対40です。

調査区にはほぼ同数の居住者がいる方が好ましいので、左図内の右下のように分割する方が望ましいということになります。

アンケート調査の集計単位

アンケート調査の集計単位(PTデータの例)

この考え方は様々な調査で採用されています。

上図右はPTデータの例ですが、人口密度が高い地域ではゾーンは小さく、人口密度の低い地域ではゾーンは大きくなっていることが見て取れます。

次に質問に対する回答の分布について考えます。赤い数字のうち左側は良いと答えた人、右側は悪いと答えた人だと想定します。

これが回答だとします。

アンケート調査の集計単位

右のように地域分類すると「9+1で10」「1+9で10」というように回答が平滑化され、地域特性を検出できません。両地域とも同じだということになります。

ところが左のように地域分類すると、それぞれ非常に良い、悪いという意見・評価に特化した地域をはっきりと抽出できます。

すなわち、地域特性を見失わないためには左の分類の方が好ましいといえます。

以上のことを情報量理論を使って定式化したものがこちらです。

詳細は割愛しますがIという指標です。

Iは、回答者の分布を捉えるには大きい方が良い、居住者の分布を捉えるには小さい方がいいという量です。

そこで回答者の分布と居住者の分布からそれぞれIを計算し、このように組み合わせて評価指標Rを構成します。

分母は小さい方がよく、分子は大きい方がいいので、結局Rは大きい方がいいということになります。

ここでは自治体が設定した調査区がありますが、その時のRをRg、DM_SCOREによって地域分類して求めた調査区のことをRcと呼ぶことにします。

DM_SCOREと自治体による調査区設定の比較

両者間にこのような関係が成立しているかどうかを、1都3県を対象に確かめてみます。

東京都には53の市区町村があり、それを7分割して調査区が設定されています。

神奈川県は56から8、千葉県は61から11、埼玉県は79から10の調査区を設定しています。

住環境に関する意識調査を使って検証しますが、住宅の総合評価、住宅の広さや間取り、収納スペースなど27項目について「満足している」から「非常に不満がある」までの回答が得られています。

東京都

こちらが東京都が設定している調査区です。

DM_SCOREの調査区と比べるとよく似ていますが、23区の分類のされ方が異なっています。

Rg < Rc
満足している:92.6%で成立(全27項目のうち)

DM_SCOREは交通手段の影響を受けているので、扇状に分割されていることがわかります。

これに対して東京都の調査区(右側)は都心の中心部とその周辺に分けて設定しているようです。

このRgとRcの大小関係を見ると、満足しているというポジティブな回答については27項目中92パーセントで大小関係が成立しました。

つまり、DM_SCOREによる調査区の方が地域特性が分かりやすいということです。しかしネガティブな評価については残念ながら逆の結果となりました。

神奈川県

神奈川県の場合、DM_SCOREの調査区は川崎市と横浜市を束ねて南北に分けたような設定になっています。

Rg < Rc
満足している:92.6%で成立
非常に不満がある:77.8%で成立

評価値Rについては、ポジティブ、ネガティブのいずれについてもDM_SCOREを使って設定した調査区の方が優れているという結果になりました。

千葉県

千葉県については、自治体で設定した調査区に酷似していますが、神奈川県と同様、ポジティブ、ネガティブのいずれについてもDM_SCOREで設定した調査区の方がよいという結果が得られました。

Rg < Rc
満足している:85.2%で成立
非常に不満がある:96.3%で成立

埼玉県

埼玉県の場合にも東京都と同様、ポジティブな評価についてはDM_SCOREの調査区のほうがよいのですが、ネガティブ評価はそうとはいえないません。(これは原因究明中です。)

Rg < Rc
満足している:88.9%で成立
非常に不満がある:37.0%で成立

従来は地域を理解しようとする際に、夜間人口や産業構造など静的な特性を用いてきました。

しかし、地域住民の空間移動には様々な価値観、連帯感が関係しており、それ自体が大きな特性である可能性があります。

まだ仮説段階にすぎませんが、地域特性を考えるうえで日常における人々の空間移動は考慮すべき重要な視点かもしれません。

まとめ

最後に再び子供達の登場です。

例えば、ある時この地域に大規模団地が建設されることになったとしましょう。

こういった場合、既存の地域と新しい地域の間のコミュニティ形成の問題が頻繁に話題となります。

フィジカルディスタンス(直線距離)の視点からすれば、団地の中心部に小学校を建設するのが移動距離の最小化を図る点では最適でしょう。

しかし、あえて両者の境界部分に建設することで、子どもたちの強力なコミュニティ形成能力を介して、その保護者までも含めた活発な地域間交流が醸成される可能性があります。

計測が容易なフィジカルディスタンスは非常に明快で便利ですが、「ソーシャルディスタンス(社会的距離)の観点から考えてみると世の中がもう少し豊かになるかもしれません」という彼女のメッセージで1つめの話題を終わりたいと思います。

空間情報を用いて場所名のブランド価値を探る(測る)

建物名称の不思議

2つ目の話題に移ります。

例のごとく質問から入りたいと思います。「ニューヨーク グランドキッチン」「バー フィレンツェ」「パリ カフェ」「イタリアンレストラン ポルトフィーノ」

これらはどこにあるレストラン、カフェでしょうか?勘のいい方はすぐにわかると思いますが、全て東京に立地しています。

私たちはこういうネーミングを頻繁に目にして慣れ親しんでいますが、海外の人にとってはそうでもなく、日本人はウソつきかと冷やかされることもあります。

もう少し身近な例をご紹介します。

ここに東工大のキャンパスがあります。私のオフィスもこちらにあります。この近くを散歩していると、少し違和感を覚えることがあります。

それは、マンション自由が丘とか、コーポ自由ヶ丘とか、名称に自由が丘を含む建物があちらこちらに散在しているからです。

もちろん自由が丘のネームバリューが高いので当然のことですが、自由が丘に隣接している奥沢一丁目から八丁目のエリアをこのように重ね合わせてみると一層違和感が大きくなります。

住所も奥沢、最寄り駅も奥沢駅であるにも関わらず、建物に自由が丘というラベルがついてるからです。

私たちは日頃から場所に対して様々なイメージや印象を抱いていて、日常生活に少なからず影響していると考えられますが、これを定量的に評価することは容易ではありません。

ここではこの問題について考えてみたいと思います。

場所名のブランド価値

そもそも私たちが名前を付ける「命名行為」には、このようなメカニズムが備わっているように思われます。

例えば場所名の場合、フィジカル空間における具体的な場所を指し示す記号であり、同時に場所のイメージを表象するものとして場所名を利用しています。

建物名称についても同様と考えられますが、建物名称に場所名を付与する行為は、当然ながら立地場所を付与すると同時に、場合によっては場所のイメージによって建物のイメージを昇華させようとする行為とも考えられます。

もしこの枠組みが正しいとすると、建物名称の空間分布から場所のイメージ、すなわち場所のブランド価値を定量的に抽出できるのではないかと考えました。

場所名の定義

東京都世田谷区を対象に、このことを確認してみましょう。まずは場所名の定義です。

例えば東工大の近くでいえば、「ランチはどこで食べたの?」という質問に対して「都立大学」と答えたりします。都立大学という地名はないので、この場合明らかに東横線の都立大学駅付近でランチを食べたということを意味します。

鉄道駅の名称も場所を示すように使われるので、場所名として扱うことにします。

場所名の定義

このようにして、世田谷区内のすべての建物から場所名を含む建物をピックアップしました。

場所名を付与された建物の空間分布

建物規模と命名方法を見てみると、規模の大きい建物ほど場所名を付与されやすいことがわかります。

データが少し古いのですが、場所名を含む建物は経年的に微増してるようにみえます。そういう意味では、場所名は建物名称を考えるうえで重要な側面になっているといえます。

建物名称命名行為の基礎分析

場所名の付与

それでは場所名の付与のされ方を具体的に考えましょう。

鉄道駅の場合は説明するまでもなく最寄り駅の空間範囲はこの2つの駅を結ぶ線分の垂直二等分線で求めることができます。黄色いラインより左側の最寄駅はA駅、右側の最寄駅はB駅です。

しかしB町にAというラベルがついた建物が立地している場合があります。すなわち、BよりもAの方がイメージが勝ってる(ブランド価値が高い)と考えられます。

場所名(鉄道駅の名称)を付与する例

次に町の名称の場合ですが、明確な境界が存在することが先ほどの駅名と異なります。にもかかわらず、「自由が丘」の例で見たように、立地場所と異なる名称が付与されていることがあります。

この場合にもA町の方がブランド価値が高いと考えることができそうです。

場所名(町名)を付与する例

定性的にはこの説明で十分ですが、これを定量的に説明するにはどうすればよいか。ここでは「抵抗」に着目します。

私が散歩の途中で感じた違和感はこの抵抗と関係してるように思います。つまり何となく嘘をついてるような居心地の悪さがあるからです。

建物名称モデル

そこで基礎的な確率モデル(ロジットモデル)を使ってこの現象を説明してみようと思います。

ディテールは割愛しますが、場所iに立地する建物が場所jの名前を採用する確率が、場所iに立地する建物が場所jの名前を採用することで享受する効用(魅力やメリット)を使って記述することができます。

効用は、場所に備わっているブランド価値から、場所名jを使うことで発生する抵抗(嫌な気持ち)を差し引いて求められると考えます。

抵抗は、町の境界からの距離や鉄道駅からの距離が長くなるほど大きくなると考えます。

またCiiと書いてありますが、場所iにあり場所iという名前を付与することに矛盾は発生しないので、この時の抵抗は0、つまりこのブランド価値そのものを獲得できると考えます。

非常にシンプルでプリミティブなモデルですが、適用した結果がこちらです。

そこそこ説明力がありますが、このあと改良していきます。

建物名称と分析データ

1つ目の改良は、距離の考え方です。

先ほどは町の境界、駅からの距離をそのまま使っていましたが、それぞれ別々にある関数で変換した値を使って検証しました。

その結果、町の境界からの距離はexponential型の関数で変換した距離を使うのがよく、鉄道の場合は従来の距離を使うのがよいと判断されました。

その解釈は、町には明確な境界がありますので、その境界を一歩跨ぐと急激に抵抗が増すことになる。

一方最寄り駅の境界はあいまいで、どこを通っているかわからないので、駅からの距離に比例して抵抗が徐々に大きくなっていくと考えられます。

2つ目の改良では、建物を住宅系と商業系に分け、それぞれ別々にモデルを推定しました。

その結果、町の境界からの距離抵抗パラメータ、それから駅からの距離抵抗パラメータも同様に、住宅系よりも商業系において値が小さくなりました。

つまり商業系建物の方が抵抗感が小さいため、立地場所と矛盾する場所名を建物名称として付与しやすいことがわかります。

3つ目の改良では場所名を区別しました。すなわち駅名と町名が同じ場合、ダブルで効く場合と、単独で作用する場合とで別々に設定しました。

その結果、重複名称の方が距離抵抗パラメータが小さい、つまり離れた場所でも名前に付与されやすく、嘘がつかれやすいという結果が得られました。

以上でモデルのキャリブレーションが完了しましたので、場所名のブランド価値をご覧いただきたいと思います。

場所名のブランド価値の視覚化

かなり古いデータでの分析結果ですが、最近都市化が進む玉川、用賀、世田谷、成城といった東京在住の方であれば頻繁に耳にする地名のブランド価値が高く推定されていることがわかります。

それでは推定モデルを使って、普段私たちが目にすることが困難な、私たちが抱いてるイメージを可視化してみようと思います。

視覚化の方法を説明します。ここにフィジカルな空間を想定します。これは断面図だと考えてください。

それぞれA町、B町が隣接していて、ここが町の境界です。そしてB町にはC駅が立地しているとします。

先ほど確認したようにA町の魅力は、A町の中ではコンスタントですが、町の境界を超えるとexponential型の関数で抵抗が発生するのでどんどん下がっていく、これはB町も同じです。

この例ではA町の方がブランド価値が高いという想定です。そしてC駅の魅力は距離に応じて直線的に低減していくので、このようになります。

この時、場所名を付与して得られる最大価値を調べてみるために、ここをこういう風になぞっていきます。(左図の赤い線)

これは線ですが、具体的には面で表現できます。それを示したのが右です。包絡面ですね。

町の境界だけでなく鉄道駅の存在は非常に複雑ではあるものの、大変興味深い3Dの表面になってるのが見て取れます。

最大効用値の包絡面

最大効用値の包絡面の視覚化

もう1つイメージの世界を可視化した例をご紹介しましょう。

ここでは最も命名価値の高い場所名が私たちのイメージの範囲(空間範囲)を規定していると考えることにします。

その理由は、例えば自由が丘でもないのに自由が丘という名前が付いている建物があちこちに建っていると、ここは自由が丘なのかなと思ってしまうことがあります。

そう考えると、イメージ空間における町の境界はこういうところに存在しています。

ここまでがA町、ここからここまでがB町、そしてC駅のイメージが強くなって、再びBのイメージが支配的になる。こんな具合です。

イメージ空間における場所の境界

この原理で空間を可視化したものがこちらです。メジャーな鉄道駅の影響範囲が広く、私たちのイメージ効果に大きく作用していることがわかります。

青線が実空間の町の境界を表していますが、ブランド価値が高い町の境界は、そうでない隣接する町に大きく食い込んでいます。

イメージ空間における場所の境界の視覚化

例えば、成城は著名な芸能人が住んでいることから高級住宅地のイメージが強い町ですが、イメージ空間を大きく拡張していることが見て取れます。

ブランド価値を組み込んだ地価モデル

最後に、このイメージモデルを他のモデルに組み込んだ例をご紹介します。

これは各地点における地価を、その地点から都心に出るまでのアクセスビリティ(どのくらい便利なところにあるか)、それから、その地点とその周辺にある土地利用に関する成分で記述した地価モデルです。

分析対象は非常に広範囲にわたっています。右がデータとして使った地価の空間分布です。

ご存知の通り、公示地価のデータはポイントデータとして得られていますので、ポイントがないところは地価が不明となっています。

この地価モデルを使って任意地点の地価を推定したい、補間したいというのがモデル構築のモチベーションとなっています。

分析対象範囲

公示地価の空間分布

こちらが利用したアクセシビリティデータの一部です。山の手線に出るまでの時間距離、土地利用、容積率指定といったデータを使ってモデルを構築しています。

こちらが推定モデルで空間補間した結果です。こういったことを行うことで、任意地点の地価が得られます。

山手線までの時間距離

土地利用

容積率指定

モデルで空間補間した地価データ

この山手線沿線および内部の公示地価は、先ほどのような非常にシンプルなモデルでは少々難しく別途議論する必要があるため、ここでは除外しています。

モデルのフィッティングは、シンプルなモデルにしてはそこそこの適合性を示しています。

ところが残差の推定誤差の分布を見ると、千葉県あるいは茨城県の方で青色が目立ち、残差がマイナス(モデルが過大推計)となり、湘南方向では残差がプラス(モデルが過小推計)となっています。

モデルの適合性

対象地域

そこで先ほど求めた各地点のブランド価値というものを説明変数に加えてみます。ほんの1エッセンスを入れてみたということです。

世田谷区の位置がこちらです。もとのモデルの残差の分布を見てみます。

赤み、青みを帯びた点が散在していることが分かります。プロット図で確認すると、そこそこ良いフィッティングを示しているのですが、過小推計されたところが目立ちます。

ここにブランド価値を入れてみます。

すると、たった1つの説明変数を加えただけで、明らかにモデルが改善されていることがわかります。

残差の空間分布

モデルの比較

まとめ

イメージ空間における曖昧なブランド価値、なんとなく高級だといわれる漠然としたイメージを空間情報で定量的に求めることができれば、フィジカル空間、我々が普段慣れ親しんでいる空間においても役に立つ可能性があります。

以上、曖昧で計測困難な概念を空間情報で定量的に計測、視覚化し、それを応用した事例について紹介いたしました。

【ご講演者情報】
東京工業大学 環境社会理工学院 教授
一般社団法人地理情報システム学会 会長 大佛俊泰様

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視聴をご希望の方はこちらよりお申し込みください。

また、質問コーナーにて、視聴者からの質問に回答いただいた内容をQ&A形式で公開しています。こちらもあわせてご参照ください。

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