コラム 地図マニアな日々

測位高精度化で防災地図はどう変わるか|役割と課題

はじめに

毎年のように起こる自然災害。

日本列島は複数のプレート境界に位置するため地震や津波が発生しやすく、火山活動も活発である。さらにモンスーン気候下で梅雨や台風にまとまった雨が降る季節があるので、私たちは災害と向き合って暮らすことを避けられない。

2017年11月26~27日、仙台で第2回「ぼうさいこくたい」(防災推進国民大会2017)が開催された。世界防災フォーラムや防災産業展が同時開催されたこともあり、各国から多くの参加者が集まった。

一般の入場者も多く、あらためて国民の防災への関心の高さをうかがわせるイベントだったが、これも多くの国民が災害を身近な脅威と感じているからこそだろう。

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第2回「ぼうさいこくたい」の様子

「ぼうさいこくたい」ではさまざまな専門分野の参加者が集まり、防災への取り組みが紹介されたが、GISや位置情報を利用した仕組みも多く見られた。

そこで今回は高精度測位時代にハザードマップや防災地図をどう活用していくかについて考えてみたい。

防災マップをWebで見られる時代

防災地図といえば真っ先に思い浮かぶのがハザードマップだろう。

自然災害による被害を予測し、その被害範囲を地図化したもので、避難経路、避難場所などの情報が地図上に図示されている。

地震・津波・洪水・内水氾濫・土砂災害など、災害別に作成されているケースが一般的で、無料で各家庭に配布されていることが多い。

ハザードマップ以外でも防災に役立つ地図は多い。

国土地理院が作成している土地条件図や治水地形分類図、都市圏活断層図、火山基本図、火山土地条件図など防災と目的とした主題図はもちろん、旧版地図や明治時代の迅速測図などの古い地図や、過去に撮影された航空写真なども、かつてその土地がどのような場所だったのかがわかり防災に役立てられる。

現在ではこうした地図の多くをWebで閲覧できる。

ハザードマップの多くは各市町村のホームページで公開されているほか、国土交通省のハザードマップポータルサイトからもアクセスできる。

国土地理院の地理院地図でも前述の主題図を公開している。

自治体が特徴的な地図を公開している例として、仙台市の宅地造成履歴等情報マップを挙げておきたい。

同市では1978年の宮城県沖地震や2011年の東日本大震災の際に、宅地造成地で地すべり被害が多発しており、その多くが盛土地で発生していたことがマップの作成・公開につながった。

盛土をマッピングした地図は東京都など他の自治体でも公開しているが、仙台市のように1万分の1という、ともすれば家屋単位での判読も可能な縮尺で閲覧できるのは異例といえる。

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上記画像は、仙台市が公開している「宅地造成履歴等情報マップ」。

造成地等での盛土・切土の高さがわかる画期的な地図で、30mを越える盛土地も多く驚かされる。

地図の技術革新が防災マップを変える

Webを通じてさまざまな地図が見られる環境が整っているが、ハザードマップには従前より以下のような課題が指摘されていた。

  • 全戸配布されたマップが見られずにそのまま死蔵されている例が多い(ハザードマップの認知がされない)
  • 地図を読むのが苦手な人が自分のいる場所やその周囲との関係を読み取れない
  • 基本的に住民を対象に作られているため、土地勘のない外出先の災害ハザードはわからない

その間に地図の世界も技術革新が進んできた。デジタル化により、かつて紙媒体に依存していた地図のデバイスは多様化した。

Webの普及でいつでもどこでも地図にアクセスできるようになったうえ、衛星測位の普及で地図の苦手な人でも自分の現在位置がわかるようになった。

そこへきて「みちびき」運用が本格化して測位精度も高まるのだから、ハザードマップをはじめとした防災地図は今以上に便利に使えるようになるのでは、と考えたいところである。

現在では紙のハザードマップを配布する以外に、防災アプリを公開する市町村も増えている。

スマホのGPS機能で自分の位置が表示され、その周辺のハザード情報や避難所の場所がわかるのは、紙のハザードマップを読むのに比べれば敷居が低いといえるだろう。

国土交通省が公開している「重ねるハザードマップ」では、洪水や津波の浸水想定区域や土砂災害警戒区域などをシームレスに見られる。

凡例も統一されているので(ハザードマップの凡例は市町村によって異なる場合が多い)、外出先など土地勘のない地域でもハザード情報を確認できるようになっている。

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国土交通省「重ねるハザードマップ

地図アプリを通じて、Webで公開されている防災に役立つ地図を、スマホで取得した位置情報と重ねて見られるのも大きい。

土地の性質(その土地がどんな場所なのか)を知ることは防災の重要なポイントだが、それを現在地周辺で見られるのだから、「いつでもどこでも防災」が可能な時代になったのである。

ハザードマップの課題の一部は、こうした地図の技術革新で改善されつつある。

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カシミール3D「スーパー地形セット」アプリによる様々な地図の重ね合わせ(現在地周辺の地形や土地条件図、明治期の地図などを重ねた例)

測位の高精度化は防災地図にどう影響するのか

便利になる一方で、ハザードマップあるいは防災そのものの盲点も認識しておく必要がある。

2011年の東日本大震災で、学校の校庭で待機していた多くの小学生が津波の犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校事故について、大川小学校事故検証委員会による事故検証報告書(文部科学省ウェブサイト)では、

石巻市が作成・配布した津波に関するハザードマップは、コンピュータシミュレーションによる被害想定結果の計算精度や限界を踏まえた詳細な検討が行われておらず、その限界を知らせる注意書きも配慮に欠けたものであった(原文まま)

として、ハザードマップに関する誤解を要因の一つとして挙げている。

さらに報告書は提言の中にも

市町村は、これまで作成した、又は今後作成するハザードマップについて、その作成過程を見直すとともに、地域の地勢や地形などに即して具体的に検証すること。また、ハザードマップの内容が「安心情報」にならないよう、その正しい理解のための啓発と広報に努めること(原文まま)

との記載があり、ハザードマップの運用改善に言及している。

ハザードマップに記載された情報(浸水想定区域など)は、あくまでも任意の想定に基づいたシミュレーションの結果であり、当然ながら実際の災害がその通りになるわけではない。

しかしマップを見た多くの人は、自宅は浸水想定区域をはずれているから大丈夫という「安心情報」として読み取ってしまっている現状がある。

大川小学校もハザードマップの津波浸水想定区域から外れていたため、教員らが避難を躊躇する要因の一つとなったのである。

防災には人間心理が大きく関わる。逃げれば助かるケースでも人はなかなか逃げない。

たとえば今この瞬間に火災報知器が鳴ったとして、どれほどの人がすぐに避難行動をとれるだろうか。多くの人は、とりあえず様子を見てしまうのではないか。

「自分だけは大丈夫」という心理(正常性バイアス)や、「どうせまた誤報に違いない」と思ってしまう心理(オオカミ少年効果)など、心理面の危うさは誰しもが持っている性質である。

しかしいざという時、その躊躇が命取りになることもある。それにもかかわらず、ハザードマップではこうした人間心理への配慮はほとんどされていない。

位置情報が高精度化すれば、多くの人が「情報精度が上がった」と解釈しがちだ。しかし実際に情報の精度が上がったわけではないことは以前のコラムで述べたとおりである。

こうした誤解は「浸水想定区域を外れているから大丈夫」という心理に拍車をかけることにはならないだろうか。そこに大きな懸念がある。

地図の技術革新は防災地図の敷居を下げた点で一定の成果を上げていると言っていい。測位の高精度化も上手く活かせばより多くの人に防災に関心を持ってもらえるはずだ。

しかしその一方で、人間心理に十分配慮した発信をしていくことも私たちの重要な役割なのではないか。

<参考>
国土地理院ウェブサイト
文部科学省ウェブサイト

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遠藤宏之(えんどうひろゆき)様

地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長 著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他

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