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準天頂衛星「みちびき」
2017年8月19日、準天頂衛星「みちびき」の3号機が鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。
「みちびき」は内閣府が運用する準天頂衛星で、GNSS(Global Navigation Satellite System:全地球測位システム)を構成する衛星の一つとして、GPS等の測位衛星を補完し、誤差の軽減など測位環境の向上を担っている。
2018年には準天頂衛星4機体制での運用が始まる予定で、衛星によるセンチメートル級の測位を目指す。
2023年には「みちびき」は7機体制となり、本格的な高精度測位時代は目の前に来ているといっていい。
人々にとって位置情報は今後さらに身近なものになり、暮らしのさまざまな場面で恩恵にあずかることになるだろう。
アプリ「GNSS View」(NEC Corporation)では
任意の時間・場所で、天球上での衛星の配置を画面に再現できる
高精度測位時代、地図はどう変わる?
いうまでもなく地図と位置情報は密接にかかわるもので、これまでも地図は測位システムの発達にともなって進化している。
地図の進化を考える時、製作・提供ともに、アナログからデジタルへの変化が大きな転機だったと考える人は多い。
もちろんそれは大きな変化に違いないが、地図利用が爆発的な広がりを見せたきっかけは、WebとGPSの普及にあったと個人的には考えている。
世の中には地図を読むのが苦手な層が一定数いる。
地図が苦手な理由はいくつかあるが、なかでも「地図上で自分の位置や向いている方向が特定できない」という人は案外多く、これを解消したのがGPSだった。
とりわけ1990年にパイオニアが「サテライトクルージングシステム」の名のもとに発売したGPSカーナビは、当時としては画期的な商品で、ジャン・アレジ(F1ドライバー)を起用したCMコピー「道は星に聞く」は流行語にもなった。
GPSがもたらした大きな変化
GPSナビの登場で人々は「読図の苦しみ」から解放され、地図は「便利に使えるもの」になっていく。
GPSが地図にもたらした大きな変化がもう一つある。測地系の変更だ。
2001年に測量法の一部が改正され、翌2002年4月1日、ベッセル楕円体に準拠した従来の測地系から、世界共通に使える測地基準系である世界測地系への変更を実施した。
世界測地系導入の大きな理由は、地図の基準をGPSが準拠する楕円体に合わせることにあった。
当時の測量・地図業界が測地系変更に伴い、てんやわんやの大騒ぎだったのも今となれば懐かしい話である。
旧日本測地系と世界測地系の違い
(出典:国土地理院ウェブサイト)
セミダイナミック補正
日本はプレート境界に位置しており、関与するプレートが異なる方向へ動くため、複雑な地殻変動が起こっているのはご存じのとおりだ。
衛星測位は地球の中心を基準とした絶対的な位置を示すものだが、実際の日本の国土は少しずつ動いているので、厳密に考えれば同じ場所であっても衛星で測位する座標値は(微量ではあるが)徐々にずれていく運命にある。
測量に利用する基準点もしかりで、その座標は厳密には少しずつ動いていることになる。
GNSS連続観測が捉えた日本列島の地殻変動(1997年1月1日~2009年1月1日)
(出典:国土地理院ウェブサイト)
しかし、測量のベースとなる基準点の座標が一定でないのは甚だ都合が悪い。
従来行われてきた実地測量であれば、あくまでも測量基準点を既知点として、そこからの距離や角度を測るので問題は少ない。
だが測量にも衛星測位が使われるようになった昨今、観測値をそのまま採用するとその都度不整合が生じるのだ。
そこで我が国では、地殻変動の影響で時間とともに少しずつずれていく観測値を、ある時点の位置情報に基づいて補正する「セミダイナミック補正」を導入している。
ここでいう「ある時点の位置情報」は「元期(がんき)」と呼ばれ、一般には1997年1月1日を(測地成果2000)、東日本大震災による変動が大きかった東日本と北陸4県では2011年5月24日を基準としている。
このように衛星測位の登場で測量や地図をとりまく状況は大きく変化してきた。
こうした事実は、これまでは測量や地図従事者だけが知っていればよかったが、位置情報が一般化した現在、世の中でさまざまな誤解が生まれているのも事実だ。
2014年4月1日、国土地理院が全国の主要山岳の標高を改定した。これにともない、全国87の山で実際の標高が1m高くなったり低くなったりすることになった。
この改定は三角点の標高成果改定により計算し直したもので、衛星測位の値と、旧来の測量方式の値の不整合を解消したことに由来する。
NHKが夜のニュースのトップでこれを報じたが、その際「地殻変動のため」と説明し、大きな誤解要因となった(他の報道機関は総じて「測量方式の違いによる」と正しく伝えていた)。
測量方式の違いによる不整合を解消するための標高改定
(出典:国土地理院ウェブサイト)
このニュースでは登山者たちにもインタビューしていて、山を見上げながら「いや~、特に高くなったようには感じませんね」などと何とも微妙なコメントを引き出していたのだが、いうまでもなく実際の山の高さは変わっていない。
そうでなくても高さが1m変わるというのは結構大きな変化である。
実際のところ、三角点は小数点以下まで標高が示されるのに対し、山頂の標高はm単位に四捨五入されるため、変化が強調されてしまったというカラクリもある。
GPSでなくGNSS
冒頭の「みちびき」打ち上げの記事、報道の多くが「日本版GPS」という見出しをつけていたのは気になった。
既にみちびき1・2号は運用されており、加えてロシアのグロナスも利用できるなど、本格的なGNSSの時代がスタートしている。
「GPS」は広い意味で使われているが、元来はアメリカの衛星の固有名称であり、衛星測位そのものの意味で使うのは適切ではない。
そろそろ報道も含め、「GPS」という用語をどのように扱うかを考える時期に差し掛かっているのではないだろうか。
少なくとも拙文を読んでくださった皆さまには「GNSS」を使うことでお願いしたい次第。
参考
GNSSとはGlobal Navigation Satellite Systems(全地球測位システム)の略。GPS(ジーピーエス:アメリカ)、GALILEO(ガリレオ:欧州)、GLONASS(グロナス:ロシア)、準天頂衛星(日本)などの測位衛星の総称を指す。
<参考>
国土交通省ウェブサイト
内閣府みちびき公式ウェブサイト