地図マニアな日々

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2018年5月9日


「地図の日」を考える

今年もゴールデンウィークが過ぎた。私たち庶民にとって、休みが続くことは嬉しいものだが、連休のそれぞれの日が何の記念日なのかは案外忘れてしまっていたりする。

たとえば4月29日は「昭和の日」だが、2006年までは「みどりの日」であったし、筆者の世代だといまだに「天皇誕生日」の印象が強く、「4月29日って何の日?」と聞かれて思わず答えに窮する時もある。国民の祝日くらいは覚えていないと怒られるかもしれないが、世の中には祝日にならないまでも、毎日のように記念日がある。一般財団法人日本記念日協会によると、2017年12月末現在で1800件を超える記念日が同協会に認定登録されているというから驚きだ。

由緒正しい「測量の日」

地理空間情報に関わる人間にとって、お馴染みの記念日といえば6月3日の「測量の日」だろう。

測量の日は現在の測量法が昭和24年の6月3日に制定されて40年となった平成元年に、当時の建設省(現国土交通省)の主唱で決められたものだ。国民に対し、測量における知識の普及・啓発を図ることを目的とした記念日で、毎年国土地理院をはじめとした国の機関や関係団体が、関係機関の協力を得て各地で関連行事を展開している。(http://www.gsi.go.jp/kohokocho/kohokocho65008.html ※昨年度のもの)

もともと役所の発案であり、ある意味ではトップダウンで制定された「筋のいい」記念日といえる。20180509_1

今年も「測量の日」関連のイベントが各地で開催される。

「地図の日」に関する謎

一方で「地図の日」という記念日もある。4月19日がその日で、Web百科事典として知られるWikipediaにも掲載されており、当日のテレビやラジオでも紹介される記念日である。

ところがこの「地図の日」、露出が高い記念日であるにもかかわらず、国土地理院や日本地図センター、日本地図学会、地図調製技術協会といった地図に関わる多くの「公式」機関や団体において、ほとんど認知されていない(※筆者がこれらの関連団体や地図に関わる民間企業も含めた複数の関係者に問い合わせたところ、多くの回答が制定経緯はおろか、この記念日の存在を知らないというものだった)。また、日本記念日協会にも認定されていないこともわかった。

4月19日が「地図の日」となった理由は、伊能忠敬が蝦夷地の測量に出発した「最初の一歩の日」であることがさまざまなWebサイト等で紹介されている。しかし、いつ、誰が制定したのかが一切分からない。

また、実際の伊能忠敬の「最初の一歩」は旧暦の4月19日(寛政12年閏4月19日)であり、これを現在の暦に直すと1800年6月11日ということになる。6月11日では「測量の日」とあまりにも近すぎるため現在の暦に当てはめたことも考えられるが、由来としてはやや中途半端な感が否めない。

図3伊能忠敬「測量日記」伊能忠敬「測量日記」(InoPedia 伊能忠敬史料室より)

発覚した意外な経緯

そこで筆者は記念日制定の経緯について知る人がいないか、ブログやSNSを通じて広く呼びかけることとした。その結果、意外な事実が判明することとなった。

呼びかけに応える形で貴重な情報を提供して頂いたのは、「タイニーPさん」(ハンドルネーム)という、コンピュータ関連の業界に籍を置いている方。なぜコンピュータ関係の方が「地図の日」の件に反応したのか不思議な感じもするが、実は9月28日に「パソコン記念日」という記念日があり、やはり制定プロセスが不明であったことから過去に調べた経緯があったとのことだった。筆者が呼びかけた「地図の日」の疑問が、タイニーPさんが以前調べた「パソコン記念日」の状況と酷似していたことから、「地図の日」についても同じ事情なのではないかと感じてわざわざ検証までされていたのだ。

わかったことは、「地図の日」が1994年10月にごま書房から発行された「記念日の本」(生活情報研究会編)に記載されている記念日であること、その前年に朝日ソノラマから発行されている「366の記念日カレンダー」には4月19日に伊能忠敬が蝦夷地の測量に出発した事実が記されているが「地図の日」という記載はないこと、また、それ以前の1989年に新潮社から発行されている「歴史366日」(萩谷朴著)にも「地図の日」の記載がないこと。これらの状況を勘案すれば、「地図の日」は「記念日の本」が初出であることはほぼ間違いない。ではなぜ「記念日の本」で4月19日を「地図の日」としたのか。

筆者は「記念日の本」を実際に購入してみた(※既に絶版となっている)。そしてそのまえがきを見ると、この本では既知の記念日の他に「本書で新たに探し出した記念日」を掲載しており、それぞれ別の記号を付けて紹介しているのだが、「地図の日」が後者であることも判明した。

既成事実化した記念日を生かすのか殺すのか

判明した事実とこの「記念日の本」の趣旨を考えれば、「地図の日」に限らず提唱者・制定者が不詳のまま既成事実化した記念日は他にもありそうだ。

興味深いのが、この本に記載されたのが1994年でありながら、「地図の日」の認知が広まったのはここ7~8年という点だ。これは大手地図会社であるゼンリンが2011年から4月19日の地図の日に因んで 「地図利用実態調査」を実施していることから広がった可能性が高い(関係者に確認したところ、ゼンリンでもそのように認識しているようだった)。

地図の普及という点から、暦の齟齬はあるものの、既成事実として定着している「4月19日=地図の日」という認識を制定の経緯が曖昧であるという理由だけで否定することは得策ではないだろう。その一方で、現在のままでの状態は公的機関が「地図の日」を公認して積極的に利用することも難しい。

考え得る最善の策は、関連団体が主体的に4月19日を公式な「地図の日」として再定義することだろう。そのうえで、記念日協会に登録するような動きがあってもいいのかも知れない。いずれは国民の祝日に、などというところまでは望まないにしても。


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執筆者ご紹介  遠藤宏之(えんどうひろゆき)様
地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長
著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他