地図マニアな日々

標準

2017年8月31日


高精度測位時代の地図を考える(1)

去る8月19日、準天頂衛星「みちびき」の3号機が鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。「みちびき」は内閣府が運用する準天頂衛星で、GNSS(Global Navigation Satellite System:全地球測位システム)を構成する衛星のひとつとして、GPS等の測位衛星を補完し、誤差の軽減など測位環境の向上を担っている。

来年(2018年)には準天頂衛星4機体制での運用が始まる予定で、衛星によるセンチメートル級の測位を目指すことになる。さらに2023年には「みちびき」は7機体制となり、本格的な高精度測位時代は目の前にきているといっていい。人々にとって位置情報は今後さらに身近なものになり、その応用範囲の広さから、暮らしのさまざまな場面でその恩恵にあずかることにもなるだろう。20170830_12

アプリ「GNSS View」(NEC Corporation)では
任意の時間・場所における衛星の天球上の配置を画面上に再現することが可能

では高精度測位時代、地図はどのように変わっていくのだろう。言うまでもなく地図と位置情報は密接にかかわるもので、実はこれまでも地図は測位システムの発達にともなって進化を遂げている。地図の進化を考える時、(製作・提供とも)アナログからデジタルに変わったことが大きな転機であったと考える人は多い。もちろんそれは大きな変化には違いないが、個人的には地図利用が爆発的な広がりを見せたきっかけは、WebとGPSの普及にあったと考えている。

世の中には地図を読むことを苦手とする層が一定数いる。地図が苦手な理由はいくつかあるが、その中でも「地図上で自分の位置や向いている方向が特定できない」という人は案外多く、これを解消したのがGPSの登場だった。とりわけ1990年にパイオニアが「サテライトクルージングシステム」の名のもとに発売したGPSカーナビは、当時としては画期的な商品で、人気F1ドライバーのジャン・アレジが起用されたCMのコピー「道は星に聞く」は流行語にもなった。GPSナビの登場で、人々は「読図の苦しみ」から解放され、地図は「便利に使えるもの」になっていく。

GPSが地図にもたらした大きな変化がもう一つある。測地系の変更だ。2001年に測量法の一部が改正され、翌2002年4月1日、ベッセル楕円体に準拠した従来の測地系から、世界共通に使える測地基準系である世界測地系への変更を実施した。この世界測地系導入の大きな理由が、地図の基準をGPSが準拠する楕円体に合わせることにあった。当時の測量・地図業界が測地系変更に伴い、てんやわんやの大騒ぎだったことも、今となれば懐かしい話である。20170830_3

旧日本測地系と世界測地系の違い
<国土地理院ウェブサイトより>

ところで日本はプレート境界に位置しており、関与するプレートが異なる方向へ動くことから、複雑な地殻変動が起こっていることはご存知のとおりだ。衛星測位は地球の中心を基準とした絶対的な位置を示すものだが、実際の日本の国土は少しずつ動いていることから、厳密に考えれば同じ場所であっても衛星で測位する座標値は(微量ではあるが)徐々にずれていく運命にある。測量に利用する基準点もしかりで、その座標は厳密には少しずつ動いていることになる。20170830_4

GNSS連続観測が捉えた日本列島の地殻変動(1997年1月1日~2009年1月1日)
<国土地理院ウェブサイトより>

しかし測量のベースとなる基準点の座標が一定でないのは甚だ都合が悪い。従来行われてきたような実地の測量であれば、あくまでも測量基準点を既知点として、そこからの距離や角度を測るのでまだ問題は少ない。しかし測量にも衛星測位が使われるようになった昨今、観測した値をそのまま採用するとその都度不整合が生じてしまうのだ。そこで我が国では、地殻変動の影響で時間とともに少しずつずれていく観測値を、ある時点の位置情報に基づいて補正する「セミダイナミック補正」を導入している。ここでいう「ある時点の位置情報」は「元期(がんき)」と呼ばれ、一般には1997年1月1日を(測地成果2000)、東日本大震災による変動が大きかった東日本と北陸4県では2011年5月24日を基準としている。

このように衛星測位の登場で測量や地図をとりまく状況は大きく変化してきた。こうした事実は、これまで測量や地図に従事する関係者だけが知っていればいいことだったが、位置情報が一般化したことで世の中ではさまざまな誤解が生まれていることもまた事実だ。

2014年4月1日に、国土地理院が全国の主要山岳の標高を改定した。これにともない、全国の87の山で実際の標高が1m高くなったり低くなったりすることになった。この改定は三角点の標高成果改定により計算し直したもので、衛星測位により求められた値と、旧来の測量方式により求められた値の不整合を解消したことに由来する。これをNHKが夜のニュースのトップで報じたのだが、その際に「地殻変動のため」と説明していて、盛大に誤解の元を作り出していた(ちなみに他の報道機関は総じて正しく「測量方式の違いによる」と伝えていた)。20170830_5

測量方式の違いによる不整合を解消するための標高改定
<国土地理院ウェブサイトより>

このニュースでは実際に山に登る人たちにインタビューも行っていて、山を見上げながら「いや~、特に高くなったようには感じませんね」などと何とも微妙なコメントを引き出していたのだが、言うまでもなく実際の山の高さは変わっていない。そうでなくても高さが1m変わるというのは結構大きな変化である。実際のところ、三角点は小数点以下まで標高が示されるのに対して、山頂の標高はm単位に四捨五入されるため、変化が強調されてしまったというからくりもある。

だいぶ長くなってしまった。この続きは次回に持ち越して、一旦ここらで筆をおきたい。

それにしても冒頭の「みちびき」打ち上げの記事、報道の多くは「日本版GPS」という見出しをつけていたのは気になった。既にみちびき1・2号は運用されており、加えてロシアのグロナスも利用できるなど、本格的なGNSSの時代は始まっている。「GPS」は広い意味で使われているが、元来はアメリカの衛星の固有名称であり、衛星測位そのものの意味で使うのはもはや適切ではない。そろそろ報道も含めて、「GPS」という用語をどのように扱うかを考えなければならない時期に差し掛かっているのではないだろうか。少なくとも拙文を読んで頂けた皆さまには「GNSS」を使うことでお願いしたい次第。


執筆者ご紹介  遠藤宏之(えんどうひろゆき)様
地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長
著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他