(株)インフォマティクスが運営する、GIS・AI機械学習・数学を楽しく、より深く学ぶためのWebメディア

数値標高モデル(DEM)の進化|DEMの歴史と未来 2

DEMの広域化と解像度の向上

DEMデータのダウンロード

第1回で紹介した、アメリカの大学の地理や地質の教室に貼り出された陰影図は、解像度約800mのDEMから作成されたが、日本でも1980年代から旧国土庁が解像度約250mのDEMを扱っていた。

1990年代になると中解像度(数十m)のDEMが出てきて、特に「数値地図50mメッシュ」はいろいろな人が使用し、私も大変お世話になった。

最近ついに発売中止になったとのこと。今は5~10mメッシュのDEMが自由にダウンロードできるので、50mメッシュのDEMは役割を終えたといえるが、一つの時代が去った感がある。

アメリカは日本よりも早く数値地図情報を整備し、インターネットによる無償の公開にも積極的だった。

特にクリントン政権が熱心だったので、アメリカで長い間標準だった30m解像度のDEMなども、1990年代からダウンロードできるようになっていた。

当時は国がDEMを作っていたが、途上国ではなかなか整備が進まなかった。

そんな中で、スペースシャトル エンデバー号に毛利衛氏が搭乗して行われたSRTMというミッションが2000年にあり、レーダー測量により30~90m解像度の全球をカバーするDEMが作成・公開された。

さらに、ASTER(アスター)GDEMという日米が共同で作ったデータも全球をカバーしており、無料でダウンロードできる。

そういった全球のDEMの応用として、2005年くらいからGoogleマップやGoogle Earthなどが普及した。

これらの登場は夢のように感じられた。特に鳥瞰図が簡単に作れるようになったが、それ以前は自分で衛星画像とDEMを入手して重ね合わせ、1日中作業をしてやっと1枚の鳥瞰図が作れるという感じだった。

数m単位の細かいデータを航空機からレーザー測量で取得することも進んできた。これは21世紀の大きな進化であり、この技術を用いて国土地理院が5m解像度のDEMを出している。

これは有用なデータで、例えばゲリラ豪雨の時に東京のどこが浸水するかといった検討をするためには、50m解像度のDEMでは不十分だが、5mの解像度であれば現実的な議論ができる。

インターネットとの融合

1990年代以降の特徴の1つは、DEMやGISがインターネットとリンクしたことである。「東京地形地図」はその好例の1つだと思う。

これは約5年前、5mメッシュのDEMが国土地理院から出てきた頃に、日本地図センターの竹村和広氏が作成された。

DEMから作った画像をGoogle Earthで表示し、東京の地形を詳しく可視化するサイトである。

東京の地形は、現地にいても建物に視界が遮られたりして特徴がわかりにくいが、5mメッシュのDEMで見ると、台地の縁が入り江のようになっていて、リアス式海岸に似ていることがわかる。

東京地形地図のサイト

DEMで見た東京の地形

高解像度データの捕捉技術の普及

航空レーザーを用いて解像度1mや50cmのDEMも作られている。さらに、地上からレーザー測量をすると、もっと細かいDEMを作ることもできる。

岩手県宮古市の姉吉地区はリアス式海岸の谷で、東日本大震災の時に津波が標高約40mまで遡上した場所である。津波が入った区間は水流の侵食により、完全に木などが取り去られた。

我々は地上型のレーザースキャナーを用いて、この地区の精密測量を行っている。使用しているレーザースキャナーはトプコン社のもので、1秒間に何万点というXY座標を取得できる。

5日間くらい測量を行い、津波が入った範囲について解像度10cmのDEMを作成した。これを国土地理院に提供していただいた周辺地域の5m解像度の航空レーザーのDEMと統合した。

図を見ると、5mと10cmの解像度では地形の表現力が大きく違うことがわかる。

地上型レーザースキャナーを用いての精密測量

姉吉地区の谷のDEM

この10cm DEMから谷の断面図を多数作成したところ、部分的に急な小崖があることがわかった。小崖は東日本大震災の津波の浸水高の近くの高さと、より低い場所の2ヶ所に多い。

後者は、川が横に動き斜面を削ってできたと考えられるが、高い場所のものは通常の地形変化では説明できない。

この地域には、明治三陸地震や昭和三陸地震の時にも、東日本大震災の時とほぼ同規模の津波が侵入している。同様の災害は江戸時代以前にも起きたと思われ、何度も似た高さのところまで津波が来たと考えられる。

波の侵食力は上部で強いので、津波が来るたびに上部で侵食が生じ、海食崖のような地形ができたと解釈できる。

逆に言えば、非常に細かい測量から小崖などを見つけ出せば、地域の典型的な津波はこのあたりまでくるという予測が可能かもしれない。

数十センチ単位といった高解像度のDEMを作る技術として、ここ2年くらいで急速に普及してきたものが2つある。

1つはSFM(ストラクチャー・フロム・モーション)で、デジカメやスマートフォンといった普通のカメラで立体を色々な角度から撮影し、その多数の写真をソフトウェアが自動的に処理して3次元モデルを作成する技術である。

もう1つはUAVで、リモコンの飛行機やコプター(ヘリコプター、クアッドコプター)といった無人航空機を利用した技術である。

カメラを積み上空から写真をたくさん撮り、それにSFMを適用すると手軽かつ低コストでDEMができる。

実際に行っている人に聞くと、精度もかなり良いという。このような環境が整うと、違う時期のDEMが多数作れるようになり、それらの比較もできる。

たとえば異なる時期に取得した川原のDEMどうしを比較すると、どこで侵食や堆積が生じたかを検討ができるようになる。

昔は、一時期について良いデータを得るだけでも相当の労力を要したが、今はそうではなくなっている。

DEMの効用

話は変わるが、地形の成り立ちや形成過程を議論する際に基本となるものが地形分類図である。

たとえば東京西部の地形分類図には、多摩川に沿って河岸段丘があることが示されている。

これは空中写真の肉眼での判読や、現地で堆積物を調べたりして作成するため、人の主観が入る。それを減らせないかという意見があり、DEMから自動的かつ客観的に地形を分類する試みが行われている。

たとえば斜面は形が発散・収束しているとか、上に凸か下に凸かといった視点で分類できるが、DEMはこの種の形状の把握に有用である。

こういう方法で尾根や谷も抽出できるが、結果は単純かつ機械的であり、従来の地形分類図のように地形の発達がわかるようなものではない。

自動的に作る地形分類図を従来のものに近づけていくために、現在地形の研究者が取り組んでいるのが人工知能の活用である。

コンピュータが人間の脳のように複雑なことを判断できるようになるかもしれないが、その流れを活用しようとしている。

人工知能は画像分析(画像認識)に使われている。たとえば飼い犬が逃げた時に、その犬が保健所で保護されているかもしれない。そういう時に自分の飼い犬の写真を保健所に送ると、その写真の特徴が保護されている犬の写真と似ているかを自動的に判別するという試みがある。

この種の技術を応用し、写真に写っているものをコンピュータを使って自動的に要素に分割する試みもある。DEMと画像は構造が似ているので、このような画像解析の技術が使える可能性があり、実際に論文が出ている。

今の段階では、研究者(エキスパート)が古典的な方法で作った地形分類図と、コンピュータを用いて可能な限り自動化して作った図は、似ている場合もあるが大きく乖離していることが多い。

ただし、人工知能はロボットなどとも関連して急速に発展しているので、自動分類の精度が今後改善されると期待される。

DEMは「水の流れの再現」にも活用できる。DEMから水がどちらに流れるかがわかり、水の流れる方向を整理すると、ある地点の上流域はどう分布しているかもわかる。

これは地表水に関する研究をやっている人には大変便利な機能である。原理は簡単で、水は高いところから低いところにしか流れないので、高さの関係だけで流れる方向が分かる。

水系(水が流れる川の線)は、1930年代頃から地形図を目視して判定されていたが、これは大変な作業で、谷だと思ってうっかり尾根に水系の線を引くようなこともあった。

この種の作業が大幅に簡略化できたことも、DEMの大きな効用である。

【記事について】
コンピュータ上で立体地図を表す際の基本データとしてよく使われる数値標高モデル(DEM)。この数値標高モデルについて、3回にわたりご紹介しています。(本コラム記事は、空間情報シンポジウム2014東京会場に登壇された小口高様のご講演「デジタル標高モデル(DEM)の歴史と未来」の内容を、ご本人の承諾を得て記事化したものです。ご本人の所属・肩書はご講演当時のものです。)

執筆者ご紹介 小口高(おぐちたかし)様
東京大学 空間情報科学研究センター センター長 教授
(略歴)
専門は、地形解析、地形発達史、土砂生産・輸送、水質、古環境復元など。
1963年長野県出身。東京大学理学部と同大学院で地形学を学ぶ。1998年の東京大学空間情報科学研究センターの発足時より同センターに勤務。2009年より教授。2014年よりセンター長に就任。

あわせて読みたい