コラム 地図マニアな日々

地図は生活景観をどこまで再現できるか

元来、地図は現実世界を抽象化(記号化)したものであり、その地図を見て現実世界の景観を再現できることが好ましいとされてきた。

現在でこそWeb地図では地図と航空写真(あるいは衛星画像)の切り換えが一般的になり、地図と現実世界(航空写真に写った景観)を見比べるのが容易になったが、かつては地図の情報だけを頼りにその場所の状況を理解しなければならなかった。

ユーザーにはそれなりの読図力も要求されたし、作り手も景観を再現しやすく抽象化する必要があった。

では実際のところ、地図はどのような表現で景観を再現しているのだろうか。今回はそのあたりを考察してみたい。

三富新田

現在の埼玉県所沢市から入間郡三芳町にかけて、三富新田(「上富」「中富」「下富」というかつての村名を総称して「三富」)という武蔵野を代表する生活景観が残っている。

江戸時代に川越藩主だった柳沢吉保により開拓された新田で、道を挟んで両側に屋敷地・耕作地・雑木林が短冊型に並ぶ独特の地割が特長となっている。

三富新田の景観地理院地図より)

地理院地図では、短冊形の地割を、間の畦道や畑道が軽車道として描くことで景観を再現している。

かつての地形図図式では植生界や「樹木に囲まれた居住地」が記号化されていたため、現在の地理院地図より「それらしく」抽象化されていた印象がある。

道東の防風林帯

北海道の道東では大規模な防風林帯の景観を見ることができる。

広大な畑が防風林帯で区切られており、防風・防霧・防雪に役立っている。

斜里町の防風林帯地理院地図より)

地理院地図では針葉樹の記号を並べることで防風林帯を表現しており、景観が再現しやすい図式になっている。

道東の防風林の中でも特に有名なのが、根釧台地の格子状防風林だ。

幅180メートルの防風林の帯が3,200メートル間隔の格子を形成しており、航空写真でその独特の景観を見ることができる。

根釧台地の格子状防風林地理院地図より)

根釧台地の格子状防風林地理院地図で地形図と航空写真を重ねたもの)

地形図では残念ながら上手く再現できているとは言い難い。このあたりは、植生界があった旧図式の方がわかりやすかったように思う。

砺波平野の散居村

富山県の砺波平野には散居村(散村)と呼ばれる独特の景観が広がる。

水田の中にカイニョと呼ばれる屋敷森に囲まれた家屋が島のように点在する集落形態は、四季折々に美しく観光資源にもなっている。

砺波平野の散居村の景観地理院地図より)

地形図でも水田の中に家屋が点在している様子が描かれている。

定量的な表現としてはこれで正しいものの、「樹木に囲まれた居住地」でカイニョがある景観を再現していた旧図式と比べると物足りない印象だ。

旧山古志村の棚田風景

新潟県長岡市の旧山古志村地区は棚田を利用したニシキゴイの養殖が盛んで、独特の景観を形成している。

長岡市の旧山古志地区の棚田の景観地理院地図より)

航空写真でも地形図でも、養殖池が連なる独特の景観を見ることができる。

斜面を利用した棚田としての景観も等高線から読みとれるが、陰影段彩図と重ねれば、より分かりやすくなる。

こうした棚田は地すべり地形を利用したもので、地すべり地形が広がる旧山古志村だからこそ良質なニシキゴイの養殖ができるともいえる。

一方で2004年の新潟県中越地震で、当地で地すべりによる多くの被害が発生したことも記憶に新しい。自然の恩恵と災害は背中合わせである。

人と自然が調和する生活景観は美しいものである。その美しさをいかに地図で再現するのかは、作り手にとっての大きなテーマの一つでもある。

ここで取り上げたもの以外にも日本には特徴的な生活景観がたくさんある。

地図を見ながらお気に入りの景観を探してみてはいかがだろうか。

<参考>
国土地理院ウェブサイト https://www.gsi.go.jp/

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遠藤宏之(えんどうひろゆき)様

地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長 著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他

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