連載は、三角関数、ジョン・ネイピア対数誕生物語を経てオイラーの公式誕生物語まで進みました。
オイラーの公式では、虚数iが、sin、log、e、πらをつなぎ合わせる役目を果たす風景を見てもらいました。
自然数、有理数、無理数、実数とつづく数の世界の拡張の先に現れてきた“新しい数”が虚数です。
目次
ピンと来ない虚数
その虚数が実数と同じように数学者に受け入れられるには、その実力が明らかにされる必要がありました。
オイラーの公式は虚数の実力を私たちにまざまざと見せつけるものとなりました。はたして20世紀、革新理論である量子力学はオイラーの公式に支えられて誕生しました。
量子力学を基礎理論として半導体やレーザーなどが発達し、現在のコンピュータは出来上がっています。この文章が処理・表示されているPCやスマホは虚数に支えられています。
そうはいっても虚数がスマホと繋がっていることが実感できるわけではないので、虚数にピンとくるはずもありません。
自然数、整数、有理数、無理数といった実数は身のまわりにあるモノとの繋がりを実感できます。鉛筆の本数は自然数、ピザの分割の仕方に分数(有理数)、正方形の対角線の長さには√を使った無理数が現れてきます。
現実世界ではなく数学世界の中だけで虚数のリアリティが獲得されていく風景を追ってみましょう。
虚数とは
虚数とは実数ではない数のことをいいます。虚数を表す単位として「i」が使われます。
複素数は実数と虚数を組み合わせたものをいいます。
例)
・実数:1, -2, +3
・虚数:i, 1i, -2i, +3i
・複素数:−1+2i, 3−4i, 5+6i
虚数は2次方程式や3次方程式といった方程式の世界に出現してきました。
わが国の数学の授業でも、いかなる2次方程式も虚数のおかげで解くことが可能になる説明がされます。
しかし、聞く側の虚数への反応はイマイチです。
「ふ~ん、虚数があれば方程式が解けるのね」
方程式を解くことが勉強として押しつけられている大方の中高生にとって、すべての方程式が虚数で解けると説明されたところで「それがどうした」「何の役に立つの」という反応になるのは至って自然です。
方程式を解いていくと最後に虚数が現れて解けるという風景では、虚数は結果論です。
そもそも0やマイナスの概念ですら、私たち人類は千年スパンの長い年月をかけて身のまわりの現象やモノに使えることに気づいていったのです。
状況が異なる虚数にとっては、それ以上のプロセスが必要だったことは想像に難くありません。
その長い時間を再現することは不可能です。しかし虚数を「見てそれと分かる」ように説明することは可能です。
数直線から数平面へ
虚数を用いると方程式が解けるのは、虚数iが次の性質を持つことが発端です。
i×i=-1
と同時に、この虚数デビューの風景が初学者に違和感を抱かせる原因でもあります。そこで、虚数iをこれとは別な視点から始めていきます。
はたして、i×i=-1が結論として現れてくることになります。
図のように数は点として表すことができます。ものさしや温度計に数字が刻印されている風景と同じです。
これが数の幾何学的表現である「数直線」です。
さて、直線上の点に数を対応させるのであれば、平面上の点にも数を対応させることができるでしょう。平面も直線同様に点の集まりでできているからです。
「数直線」ならぬ「数平面」です。
数平面では、x軸がいわゆる数直線(実数)を表しています。y軸上にある数を表すのに登場するのが虚数iです。
数平面上のすべての点は「+2+2i」の形で表すことができます。虚数iと2つの実数xとyを合わせた複合的な(complex)数ということでx+iyは複素数(complex number)と呼ばれます。
複素数 x+iy(x,yは実数)
数平面のアイディアは数学者ガウス(1777-1855)によって考案されました。ガウス平面と呼ばれる数平面は、複素数平面、複素平面などとも呼ばれます。
数を矢印とみる
数平面という大きな準備ができたところで、点と見なしてきた数を矢印と見ることができることを説明します。
数平面上の点に対して、原点Oから引いた矢印を対応させることができます。図のように+1という数に赤矢印を、+iという数に黄色矢印を対応させます。
「×i」の解釈
1とは次のルールを持った数です。
a×1=a、1×a=a
虚数iに対してもこのルールが適応されるとすれば
1×i=i
というかけ算の式が成り立ちます。これを
(+1)×i=+i
として、数平面の上で2つの数+1と+iの関係を眺めてみます。すると、次のように言い換えができます。
「+1」に「×i」すると、「+i」になる
さらに、矢印を用いることで次のように言い換えることができます。
赤矢印「+1」を「90度反時計回りに回転」すると、黄色矢印「+i」になる
したがって、これら2つの文章から次が言えます。
「×i」=「90度反時計回りに回転」
これを虚数iのデビュー風景と見るのです。さあ、ここから見えてくる虚数iの風景を一気を眺めていきましょう。
応用問題その1 i×i=?
それでは、i×iをこの解釈を用いて考えてみます。
数学では回転の向きを、反時計回りを正、時計回りを負と区別します。したがって「90度反時計回りに回転」とは「+90度回転」となります。
i×iを(+i)×iとして、+iを黄色矢印とすれば、+i×iとは黄色矢印を+90度回転した矢印を表すことになります。
すると、その矢印が-1を表す青矢印であることは図から一目瞭然でしょう。すなわち、次が得られたことになります。
i×i=-1
こうして、i×i=−1は結論として現れてきました。i×i=−1を鵜呑みにしていた時とは印象が違うはずです。
応用問題その2 (-1)×(-1)=?
「×i」=「+90度回転」を別な問題にも応用してみましょう。まず、応用問題その1の結果「i×i=−1」を用いて次のように変形します。
(-1)×(-1)=(-1)×(i×i)
次に、(-1)×iを計算します。これは、青矢印(-1)を90度回転することを意味するので黄色矢印−iとなります。
(-1)×i=−i
ここまでまとめると次のようになります。
(-1)×(-1)=(-1)×(i×i)
={(-1)×i}×i
=−i×i
最後に、黄色矢印(−i)を「×i」すなわち+90度回転するので、赤矢印である+1となります。
(-1)×(-1)=(-1)×(i×i)
={(-1)×i}×i
=−i×i
=+1
こうして、マイナス×マイナス=プラスという中学で覚えたことも説明できます。
i×i=−1がいきなり登場して方程式が解ける風景に違和感を感じた人でも、数平面で数を矢印とする風景には、一種の爽快感を感じてもらえたのではないでしょうか。
これが虚数のリアルです。
数平面でオイラーの公式を眺める
せっかくここまで進めてきたので、前回のコラムで紹介したオイラーの公式を数平面から眺めた風景を見ておきましょう。
複素数1+iは次のようにオイラーの公式を用いるとネイピア数eと円周率πを用いて表すことができます。
これはさらに新しい数の表現です。実数を点で表現する数直線の考え方から始まった数の表現の方法は、数平面における矢印となり、オイラーの公式と合わせてrとθを用いた表現(極形式)そしてeとπとiを用いた表現へと変遷します。
ガウス、オイラーらによって始められた数の世界の拡張工事。建設された数平面という新しい舞台の上で、数学は劇的に深化していくことになります。