コラム 時空の旅

奥行を認知する感覚|遠近感のメカニズム

11月 6, 2013

こんにちは、インフォマティクスの空間情報クラブ編集部です。

今回は奥行きにまつわる旅をします。

写真は2次元なのに、なぜ奥行を感じるのか

手元にある写真を眺めていて、ふと気づいたことがある。写真は平面なのに、どうして奥行きを感じるのだろう?

そちらに歩き出せば写真の向こう側に入り、ずっと奥まで行けそうではないか!

あらためて現実の世界を見てみる。

いつものオフィスや街。見慣れた景色だが見えているモノの前後関係や自分との距離は、ほぼ正確に推測できる。

これは「遠近感」というもので生まれつきの能力のように思えるが、実は先天的なものではなく学習や訓練で習得する能力だそうだ。

景色という「目から入った空間情報」を脳で加工し解釈してはじめて「遠近や位置関係」が認識できるわけだ。

小さいときに視力を失っていた人が大人になってから視力が回復しても、遠近感だけはどうしても習得できなかったという例もあるそうだ。

私たちの網膜に映っているのは、写真と同じ単なる2次元の平面像にすぎない。にもかかわらず奥行という3次元の世界を感じるのは、子供の頃からの経験や五感、筋肉など運動感覚を総動員して、脳がそのように処理しているからなのだ。

たとえば、

  1. 近くを見る時と遠くを見る時で異なる、眼球の形の情報
  2. 2つの目からインプットされる画像の角度の違い
  3. 光の強弱。色の濃淡
  4. 見知っているものの大きさとの比較。遠くにあるモノは小さく見える

など、過去の体験や経験、学習から得られた情報によって遠近を判断しているのである。

たとえば上記3の例では、私たちは遠くにあるモノは霞んで見えることを経験則から知っており、そこから逆に「かすんで見える(光が弱い)ものは遠くにある」と判断するのだ。

下の写真では、同じ青色なのにその濃度の違いにより、海よりも山、山よりも空が遠くに見える。そのおかげで、写真に奥行が生じる。

やや横道にそれるが、この写真を見た時、日本人ならおそらく海(あるいは湖)と山の写真だと思うだろう。

しかし砂漠に住んでいる人、あるいは海や山を見たことのない人には、ただの青いグラデーションにしか見えないかもしれない。

これも、脳内の記憶という情報のなせるワザである。

「遠近感」と「遠近法」、どちらが先か

カメラが発明され写真が撮れるようになったのは19世紀。それ以前は空間情報を写し取る手段は「絵」であった。

人間がこの世界で君臨できたのは「言葉を話す能力」と「絵を描く能力」のおかげだという。言葉と絵は、他の動物を圧倒する高度なコミュニケーション手段というわけだ。

しかし、昔の壁画や浮世絵などは、距離感や前後関係がうまく表わせていない。遠近感は皆無とさえ言える。

小さな子どもが描く絵では、太陽も電車もお母さんも同じ大きさだし、奥行を表すような絵を描くことはできないし、しない。

昔の壁画や絵や子どもの絵は「何をしているところか」「これはだれか」という情報が大切なのであって、奥行という情報は必要ないのだろうか?

それも一理あるが、実は奥行き情報を持たせる手法を知らないのである。

現在、3Dプリンターのように実際の立体模型を出力するものもあれば、実際にはないものをあたかもそこに存在するかのように立体感をもって見せるなど、さまざまな技術が試みられ利用されている。

600年ほど前、3Dと同じくらい流行ったのが、絵に奥行き感を与える「線遠近法」技術である。

今では小学校でも習う手法であり、当たり前すぎてそれが「手法」と言われても理解しにくいが、この画期的な手法は前期ルネッサンス時代に発明され、レオナルド・ダ・ヴィンチも夢中になったと言われている。

有名な「受胎告知」や「最後の晩餐」にも線遠近法が使われている。私たちはこの「遠近法」を習得することにより、絵や写真から奥行きを感じることができるのだ。

さて、下に皆さんもよく知っている花が並んでいるが、これを1枚の絵だとすると、ちょっと違和感を感じるだろう。

なぜなら、実際の花の大きさが、

ひまわり > チューリップ > スズラン

であることを知っており、スケール尺度は違うのに一直線上に並んでいるように見えるので遠近感を狂わされるからである。

私たちの脳は前述のように「4. 遠くにあるモノは小さく見える」という経験則で判断するので、以下のように描けば居心地が多少良くなるだろう。

次に、この絵に奥行を与えている「あるもの」を消してみよう。

ヒマワリやチューリップは知っていて、スズランの実物を見たことのない人がこの絵を見ると「スズランは随分大きな花だなあ」と思うだろう。

実際江戸時代に、羊を見たことのない日本人が西洋から渡った羊の絵を見て、羊というのは猫ぐらいの大きさだと思ったという話がある。

実は、この羊の群れは広い牧場の遠くにいたので、小さく描かれていたのである!

私の写真にも遠近感のつかみにくい写真がある!加工はしていないが、見た感じより意外に低いらしい鉄塔や、銅像に比べて2倍ほど高い電柱、寝そべっている牛の大きさ感などが、遠近感を狂わせる原因なのでは?

それは、このタイプの鉄塔や電柱はこのぐらいの高さ、とか、銅像はこのくらいの高さ、という常識や先入観にとらわれるからなのだろう。

牛の実物を近くで見たことがない人には、牛の群れが自分からどの程度離れているのか把握しづらい。

雲も、普段見慣れているより低い位置にあるので、高低差が分かりにくい一つの原因である。

遠近「感」が先なのか遠近「法」が先なのか、もはや分からなくなっているほど、脳は空間情報からのインプットを経験則に照らし合わせて瞬時に処理し認識している。

そのために錯覚や錯視、勘違いも引き起こす。逆に言えば、錯覚を利用して平面に「奥行」を感じているともいえる。

山の彼方の空遠く

最後に、この景色に奥行きを感じるのはなぜか、自分の脳にたずねてみよう。

向こうの山までの距離感はつかめただろうか?

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空間情報クラブ編集部

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