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鉄道路線で見る夏目漱石|空間時間人間を探す旅 5

『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『こころ』をはじめ多くの作品を残した夏目漱石は鉄道で国内外を旅しており、小説の随所に列車風景を描いています。

今回は『漱石と鉄道』(牧村健一郎著/朝日選書)を参考に、夏目漱石の鉄道による移動の軌跡を辿ってみたいと思います。

漱石と鉄道 (朝日選書)

内容紹介

「あぶない、あぶない、気をつけねばあぶない」。『三四郎』『草枕』で繰り返される鉄道にまつわるこのフレーズは、漱石の近代への危機感にあふれている。作品に登場する鉄道風景を路線ごとに訪ねる。路線図のほか、藪野健氏の情緒あふれる挿絵を多数収録。(出版社書籍紹介より)

著者 牧村健一郎氏プロフィール:
ジャーナリスト。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、朝日新聞入社。校閲部、学芸部、be編集部などに在籍し、昭和史、書評、夏目漱石などを担当。退職後は夏目漱石の研究者として活動。

夏目漱石 年譜

  • 1867年1月5日 - 江戸牛込馬場下横町(現・東京都新宿区喜久井町)に夏目家の五男として生まれる。
  • 1868年11月 - 新宿の名主・塩原昌之助の養子となり塩原姓を名乗る。(1888年に夏目姓に戻る。)
  • 1889年1月 - 正岡子規との親交が始まる
  • 1889年5月 - 子規の『七草集』の批評を書き、初めて“漱石”のペンネームを用いる。
  • 1890年9月 - 帝国大学(現在の東京大学)文科大学英文科入学。文部省の貸費生となる。
  • 1895年4月 - 松山中学に赴任
  • 1895年12月 - 貴族院書記官長・中根重一の長女・鏡子と見合いをし、婚約。
  • 1896年4月 - 熊本の高校で英語講師として教壇に立つ
  • 1900年10月 - 文部省の国費留学生としてイギリスに留学
    ロンドンに向かう途中、パリに数日滞在し万国博覧会を訪問
  • 1900年12月 - イギリスから帰国
  • 1905年1月 - 『吾輩は猫である』を発表
  • 1906年4月 - 『坊っちゃん』を『ホトトギス』に発表
  • 1914年4月 - 『こゝろ』を『朝日新聞』に連載
  • 1916年5月 - 『明暗』を『朝日新聞』に連載
  • 1916年12月9日 - 胃潰瘍により死去。享年49歳

小説の中の鉄道描写

夏目漱石の一生は日本に鉄道が普及していく時期と重なっており、近代化の象徴である鉄道や蒸気船による移動、電信によるコミュニケーションの恩恵を受けた時代でした。

漱石が最もよく利用した路線は東海道線で、起点である新橋駅には54回出入りしたとあります。

江戸から京都まで徒歩で2週間あまりかかっていましたが、明治22年7月東海道線全線が開通した際は、6時10分に新橋を出発し、23時20分に京都到着。所要時間は17時間10分でした。

大正4年になると東京駅ができ、8時に東京駅を出発して19時30分に京都到着と、所要時間は11時間30分に短縮されています。現在では、さらに2時間14分にまで短縮されています。

鉄道網が日本全国に広がる中、漱石は松山や熊本で教員として職を得ており、旅行にも頻繁に出かけていることから、移動範囲は全国に及んでいます。

小説の中でも、さまざまな鉄道(例:甲武、山陽、南海、九州、伊予)や路線(例:東海道、横須賀、御殿場、信越)の記述がみられ、当時の日常生活の様子がうかがえます。

やがて、ビューと汽笛が鳴って、車がつく。待ち合わせた連中はぞろぞろわれがちに乗り込む。

赤シャツはいの一号に上等に飛び込んだ。城東に乗ったって威張れるどころではない。

住田まで上等は五銭で下等が三銭だから、僅か二銭違いで上下の区別がつく。

『坊ちゃん』

ロンドンで地下鉄を初体験

ロンドン留学中、まだ日本になかった地下鉄にも乗車し、スコットランドまで旅行しています。(当時日本には路面電車もありませんでした。)

地下鉄は地下深い所から横にトンネルを掘っていく工法で作られ、それが管のようであったことから「チューブ」と名付けられました。

「穴の中を一丁許り行くと所謂two pence Tubeさ」と『倫敦消息』に書いているように、地下鉄はどこで乗ってどこで降りても一律2ペンス(約10銭)の料金でした。

移動手段の地下鉄は路線が複雑でわかりづらく「乗り間違えてとんでもない所へ行った」と知人宛ての手紙にも記しているように、当初は乗り換えに苦労していました。

1908年当時の地下鉄路線図 [1]

美術に関心の高かった漱石は美術館にもたびたび通っていました。なかでもイギリスの画家 ウィリアム・ターナーがお気に入りで、ターナーの作品『雨、蒸気、速度 ー グレート・ウェスタン鉄道』に惹かれていました。

『坊ちゃん』『草枕』『文学論』の中でも、ターナーの名前や作品について記述しているほどです。

『雨、蒸気、速度 ー グレート・ウェスタン鉄道』は全体に煙ったような印象の風景画ですが、雨の中こちらに走ってくる蒸気機関車を漱石はどんな気持ちで見ていたのか。

猛スピードで押し寄せてくる巨大なもの(最先端技術)に期待しながらも、畏怖の念や危惧を抱いていたのでしょうか。

『雨、蒸気、速度 ー グレート・ウェスタン鉄道』[2]

すれ違う漱石と伊藤博文

漱石は満州鉄道にも乗車し、大連、奉天、長春、ハルビンを旅しています。

同じ頃、伊藤博文は下関港から大連に向い、旅順戦跡などを視察したのち満州鉄道で北上しハルビン駅に到着しますが、直後にプラットホームで暗殺されます。

漱石がハルビンを訪問した1ヶ月後のことでした(1909年10月26日)。

僕は九月一日から十月半過まで満洲と朝鮮を巡遊して十月十七日に漸く帰って来た。

(中略)

帰るとすぐに伊藤が死ぬ。伊藤は僕と同じ船で大連へ行って、僕と同じ所をあるいてハルピンで殺された。僕が降りて踏んだプラトホームだから意外の偶然である。(1909年11月28日 漱石が寺田寅彦に宛てた手紙より)

これに関し、著者の牧村氏は2人が東海道線ですれ違っていたはずと考え、夏目漱石の日記や当時の列車時刻表、東京朝日新聞の記事、伊藤博文の伝記などをもとに綿密に調べ、2人の接近遭遇を検証していきます。

そして、漱石が乗った東京行き列車と伊藤博文が乗った下関行き列車は、明治42年10月15日朝7時頃、東海道線の阪神間ですれ違っていたとしています。

ここのくだりは鉄道ミステリー小説の趣があるととに、ジャーナリストの執念のようなものを感じます。

おわりに

漱石は「あぶない、あぶない。気をつけねばあぶない」(『三四郎』『草枕』)と言いつつ、鉄道の便利さを享受し、国内外のあちこちを移動しながら小説を書いていきました。

本書の前書きに「漱石は鉄道を憎みつつ愛したのだ」とありますが、その憎愛は近代化に突き進んでいく当時の情勢と深く関係しているように思います。

汽車ほど20世紀の文明を代表するものはあるまい。何百という人間を同じ箱へ詰めて轟と通る。情け容赦はない。

詰め込まれた人間は皆同じ程度の速力で、同一の停車場へとまってそうして、同様に蒸気の恩恵に浴さなければならぬ。

人は汽車に乗るという。余は積み込まれるという。余は運搬されるという。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。

文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発展せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏みつけようとする。

『草枕』

人間の不安は科学の発展から来る。

進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まる事を許してくれた事がない。

徒歩から俥、俥から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。

どこまで伴れて行かれるか分からない。実に恐ろしい。

『行人』

鉄道は欧米からスピードと利便性を重視し技術を崇める価値観(技術第一主義)をもたらしました。

それは日本が前近代から近代へ脱皮する推進力となりましたが、漱石は近代化の象徴である鉄道に強烈に魅せられながらも、それと同じくらい強く、人間が疎外されていく不安も感じていました。

民間人が宇宙へ旅することも可能になった現代、科学の進歩で生み出される移動手段の変化や高速化に対して、漱石と同じような不安を抱いている人も多いかもしれません。

山路を登りながらこう考えた。
智に働けば角が立つ。
情に掉させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
とかく人の世は住みにくい。(『草枕』より)

『草枕』冒頭のこの文章を読むにつけ、いつの世も生きにくく、隣の人や国とうまくいかなくても引っ越すことができないことを、漱石をはじめ、どの時代の人も感じていたのだろうと思います。

移動やコミュニケーションの手段が発達した時代に、隣人や隣国との関係は改善されていくのでしょうか?

【参考文献】『漱石と鉄道』(牧村健一郎著/朝日選書)
【画像出典】
[1]London Underground map from 1908 http://homepage.ntlworld.com/clive.billson/tubemaps/1908.html
[2] 作品名:『雨、蒸気、速度 ー グレート・ウェスタン鉄道』
作者:ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851年)
制作:1844年  所蔵:ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

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睦月はじめ

建築学科卒業。照明デザイン、雑誌編集、空間情報、ITビジネス企画などの実務経験あり。歴史、アート、テクノロジー関連の書籍から空間時間人間のテーマを考察していく。

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