地図マニアな日々

地図に見る企業の地縁 ~企業名のルーツをたどる~

「地縁」という言葉がある。
東京には地方出身者が多いこともあり、さまざまな場面で出身地の話になりやすく、同郷であったりすると少なからず親近感を覚えるものである。○○県人会がどこの県にもあったり、高校野球のシーズンになると郷土の高校の応援に力が入ったりするのも、人々の中で「地縁」がそれなりの重要性をもっていることの表れだろう。

地縁の対象は人だけでもない。地域の老舗店や地場産業、あるいは「〇〇産」で評価される農水産物もそうだし、地元の企業もそうだろう。たとえば全国的な企業で本社が東京にあるような場合でも、地方にルーツがあるようなケースは少なくない。

中でもわかりやすいのは、企業名に地名が入っているパターンだ。今回はそんなルーツとなる地名が社名に入った企業を取り上げてみたい。

新宿西口駅の前

まずは東京から。「新宿西口駅の前」のCMがあまりにも有名なヨドバシカメラ。現在では家電量販店の印象が強いが、もともとは名前のとおり写真屋だった。創業(1960年)当時は創業者の名前から「藤沢写真商会」だったが、1967年に新宿区淀橋で「淀橋写真商会」を設立、1974年にヨドバシカメラに商号変更を行った。社名の「ヨドバシ」はもちろん地名の「淀橋」にちなむ。

旧版地図(昭和22年)を見ると現在の西新宿付近が淀橋町だったことがわかる(今昔マップon the webより)

淀橋はもともと青梅街道が神田川を渡る橋の名称で、1889年に角筈村と柏木村が合併して淀橋町という地域の名称となった(1932~1947年には「淀橋区」が存在した)が、1970年には住居表示の実施により消滅している。ヨドバシカメラは地名を社名に入れているだけでなく、有名なCMでも(現在多くの店舗を持つにかかわらず)「新宿西口駅の前」とピンポイントに場所をコピーに入れていることにも、浅からぬ地縁が感じられる。

カネボウ

私たちの世代(すみません、昭和世代です)にはお馴染みのブランドであるカネボウ。現在では会社が解散して社名が消滅してしまった(事業はクラシエグループ等に譲渡され継続)が、繊維や化粧品、食品など暮らしに密着したさまざまな商品でお馴染みだった。

もともとは1887年に「東京綿商社」として設立された紡績会社で、1893年に鐘淵紡績となり、1971年には略称であった「鐘紡」に、さらに2001年に「カネボウ」に商号変更を行っている。
鐘淵紡績の「鐘淵」は、創業の地である東京都墨田区鐘ヶ淵(鐘ヶ淵は通称地名)が由来となっており、地名が社名に採用された企業・ブランド名だったのだ。

明治42年測図の旧版地形図に鐘ヶ淵紡績会社の注記が見られる。鐘ヶ淵は現在も駅名として残っている(今昔マップon the webより)

ちなみに大手化学メーカーの「カネカ」も旧社名は鐘淵化学であり、同様に鐘ヶ淵が創業の地となっている。

高級陶磁器のノリタケ

高級陶磁器・食器メーカーとして知られるノリタケもまた地名にちなんだ社名(ブランド名)だ。「ノリタケ」という響きは人名のようにも感じられるが、創業の地である愛知県愛知郡鷹場村大字則武(現・名古屋市中村区則武)にちなむ。

大正9年測図の旧版地図にある愛知県愛知郡鷹場村大字則武(今昔マップon the webより)

ちなみに日本全国のトイレでお目にかかるTOTO(旧社名は東洋陶器)はノリタケが母体となって設立された会社。

ミラバケッソといえば

謎の多いCM「ミラバケッソ」でお馴染みのクラレ。高機能樹脂や繊維製品などを製造販売する大手化学メーカーである。1926年に大原孫三郎により創設されるが(倉敷で有名な大原美術館も孫三郎が起源)、当時の社名は「倉敷絹織株式会社」。何度かの商号変更を経て1949年に「倉敷レイヨン」となった。現在の社名「クラレ」はその略称で、1970に変更されている。

レーヨンは絹に似せて作った再生繊維であり、クラレの主力製品だったが、同社は2001年にレーヨン事業から撤退している。私たちの世代(すみません、昭和世代です)にはお馴染みの人工皮革「クラリーノ」もクラレの製品だ。

かつての社名が倉敷レイヨンだったことからも分かるように、倉敷が創業の地であり、クラレの「クラ」は倉敷の「クラ」なのでした。

昭和42年改測の旧版地図に倉敷レーヨンの注記が見られる。社名とは綴りがことなるのが気になるが(今昔マップon the webより)

ちなみにクラボウの愛称でお馴染みの倉敷紡績もまた倉敷起源で地名が社名に残る企業である。

クレラップでお馴染みのクレハはちょっとワケあり

商品としてはクレラップが全国区のクレハ。現社名は旧社名である呉羽化学工業の略称が採用されたものだ。この「クレハ」は富山県の呉羽町という地名にちなんだものだが、実は現在クレハは富山に事業所もなく、直接的なつながりもない。

ではなぜ「呉羽」なのかといえば、かつての母体であった呉羽紡績(1966年に東洋紡に合併)の創業の地だったことによるのだから複雑だ。富山と関係はなくなっても現在でも社名は富山の地名のままなのである。

クレハの社名の由来にもなっている富山県呉羽町。昭和43年改測の旧版地図にはかつての母体である呉羽紡績を吸収した東洋紡績(現東洋紡)の工場が記載されている(今昔マップon the webより)

まだまだある地名由来の企業名

日本を代表する企業の一つである東芝はかつての社名が東京芝浦電気。文字どおり所在地であった芝浦が入った社名だったが、1984年に愛称として名が通っていた東芝に商号を変更した。現在も本社は東京都港区芝浦である。

明治42年測図の旧版地図に当時の社名「芝浦製作所」の注記が確認できる(今昔マップon the webより)

やはり日本を代表する企業である日立製作所の社名もまた創業の地である茨城県日立市の地名にちなんだもの。現在では市名より企業名の方が知られているのではないだろうか(日立市の皆さんごめんなさい)。

日立の由来はかつての日立村にあった日立鉱山にちなむ。明治39年測図の旧版地図で「赤澤」の注記がある辺りに鉱山があった(今昔マップon the webより)

声優プロダクションの草分けとして知られる青ニプロ。その社名由来には諸説あるが、事務所の所在地が東京都港区南青山2丁目にあったことから「青二」となった説が有力だという。だとすれば地縁が深い企業名といえまいか。ちなみに事務所は2019年に北青山3丁目に移転したとのこと。

ちょっと変わったところではファミレスチェーンでお馴染みのすかいらーくグループ。1963年に東京都北多摩郡保谷町(現在の西東京市)で食品スーパーとして創業されたが、後に外食産業に転業、1970年に後のファミリーレストランのはしりとなるスカイラーク1号店を東京都府中市に開店した。この「スカイラーク」の名称は、創業の地であったひばりが丘団地にあやかり命名された(英語でヒバリはskylark)。

昭和41年改測の旧版地図に見るすかいらーくグループ創業の地であるひばりが丘団地。まだ周囲には住宅が少ない(今昔マップon the webより)

現在では誰もが知るファミレス大手の企業名がローカル地名由来とは、今となっては驚くばかりである。

執筆者ご紹介  遠藤宏之(えんどうひろゆき)様
地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長
著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他

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