人と星とともにある数学 第36回

江戸のミリオンセラーは数学書『塵劫記(じんこうき)』~驚異の数学書の正体~

数学嫌いがたくさん生まれる数学大国・日本

今から400年前、1627年に1冊の数学書が誕生しました。『塵劫記(じんこうき)』は一気に全国に広まり、子供から大人まで空前の数学ブームを巻き起こすことになりました。

はたして、現在までそのブームは続いています。私が審査委員を務める「塩野直道記念算数・数学自由研究作品コンクール」は2018年度で第6回になりますが、小学校1年生から高校3年生まで15,000名を超える応募があるほどの盛り上がりを見せています。主催であるRimse(一般財団法人 理数教育研究所)のホームページ上で受賞作品を閲覧することができます。ぜひ、我が国の子供たちの受験数学を超えた数学力を見てください。

さらに私が協力しているの数学イベントが数学甲子園2018(第11回全国数学選手権大会、主催:公益財団法人 日本数学検定協会)です。2018年度は全国610チーム(278校の2,425人)が参加。「問題解決力」「チームワーク力」「プレゼンテーション力」「問題作成能力」など、受験数学を超えた数学コンペティションです。

高度経済成長期とベビーブーム、受験戦争が熾烈を極めた時代、学校での数学は受験のための数学でしかありませんでした。現在も学校での数学は受験のためだけの数学になってしまっている現状は大方変わりありませんが、学校の外で変化が起きつつあります。それが上記で紹介したような受験を超えた数学に子供が青春を賭けて挑戦している風景です。このような子供を応援する教師と保護者にも変化が起き始めています。

数学は受験のためにあるのではありません。私が著者の一人である高校数学教科書『数学活用』(啓林館)の最初のページは「世界は数学でできている」の見出しで始まります。身のまわりを数学の視点で見つめれば、至る所に数学が隠れていることがわかります。受験数学のゴールは100点で終わりです。しかし、本来の数学にゴールなどありません。人の世が続く限り数学も続きます。『数学活用』の基本コンセプトは「人とともにある数学」です。

現代に必要とされているスキルに、統計学とコーディングが挙げられます。ITのシステムはすべてこの2つなしには形になりません。AIに至ってはいくつもの数学を基礎にシステムが作られています。ITに支えられる現代社会の基盤が、数学と数学的思考であるということです。

受験数学は確かに効率良く数学を学習する機会を私たちに与えてくれます。しかし、そのコースに乗ることができない子供を大量に作り出してしまうデメリットがあります。これは国家レベルで見た時に大きな損失です。「世界は数学でできている」ことを実感して、生涯に渡り数学と付き合っていくことができる人を育てていくことが大切です。私が学校の外で数学をする機会を作っているのはそのためです。

我が国は数学大国です。皮肉なことに、そのことが数学嫌いの十代を作り出す原因にもなっています。

ローマは一日にしてならず。
日本が数学大国になるまでには長い時間が必要でした。その原点が400年前の『塵劫記』です。

ミリオンセラー『塵劫記』の魅力

室町時代にはかけ算すらできない人が大多数であったのが、『塵劫記』の普及により江戸時代の中頃には、そろばんを使い、九九を覚え、割り算もでき、大きい数から小さい数まで自由に使いこなす一般の人々が現れてきます。

江戸時代、数学の大衆化に貢献した『塵劫記』。その最大の特徴は、実に多くの実用問題・数学パズル、そして見事なイラストの豊富さにあります。老若男女を魅了し、大正時代まで全国の印刷所で海賊版・類似書が約400タイトルも出版されたほどの超ロングセラーです。

大きな数

一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭(し、後の𥝱(ぢょ))、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数とあります。

かけ算の九九

上記の塵劫記では1の段から始まり、a×bは「abの」と発声します。4の段からは「の」がなくなっています。また、a≧bの組だけを載せているのが特徴です。

次の塵劫記では、さらに1の段も削除され36通りになっています。

わり算の九九

塵劫記はそろばんのマニュアル書としても重宝されました。その中にわり算の九九がそろばんの珠の動かし方とともに説明されます。割り声(わりごえ)、割り声(わりせい)とも呼ばれます。

右ページが2で割る割算九九

「二一天作五(にいちてんさくのご)」は、 「10を2で割れば商が5」のことで、そろばんでは十の位の一の珠をはらい、桁の上の珠を1つ降ろして五と置くことを表します。
「(逢)二進一十(にっちんがいっしん)」は、「20を2で割れば商が10」のこと。

左ページは3で割る割算九九

「三一三十一(さんいちさんじゅうのいち)」は、「10を3で割れば商が 3で余りが1」のこと。
「三二六十二(さんにろくじゅうのに)」は、「20を3で割れば商が6で余りが2」のこと。
「(逢)三進一十(さんちんがいっしん)」は、「30を3で割れば商が10」のこと。

絹盗人算(きぬぬすびとざん)

「何人かの盗人が橋の下で盗品の反物を分配している。橋の上で、その様子を聞いていると、一人に一二反ずつ分けると一二反余り、一四反ずつ分けると六反不足するという。盗品の反物の数と盗人の人数を求めなさい」

現代であれば、xとyを使って方程式を立てて解くのがスマートでしょう。
反物の数をx、盗人の人数をyとすれば、反物の数をxについて次の2つの式が成り立ちます。

x = 12y+12、x = 14y−6

したがって、12y+12=14y−6となり、y=9が得られます。これよりx = 12×9+12=120。答は、盗人九人、反物一二〇反。

ねずみ算

「正月にねずみの夫婦がいる。この夫婦が正月に子を12匹生む。親子合わせて14匹になる。この14匹が2月には7組の夫婦になって、それぞれ1組が子を12匹ずつ生む。合わせて98匹になる。このように毎月子を生むとすれば、12月の終わりには全部で何匹になるか」

1月は、親ねずみ2匹から子ネズミが12匹産まれるので計14匹、つまり7組の夫婦がいます。

2月の月初めには、7組の夫婦がそれぞれ子ネズミを12匹産むので7×12=84匹が産まれます。月初めにいた14匹のねずみとあわせ2月末には14+84=98匹(49組の夫婦)のねずみがいることになります。

同様に考えると、3月の月初めには、49組の夫婦がそれぞれ子ネズミを12匹産むので49×12=588匹が産まれます。月初めにいた98匹のねずみと合わせて3月末には98+588=686匹のねずみがいることになります。

こうして1月末14匹、2月末98匹、3月末686匹となりますが、これらの計算はそれぞれ、14×7=2×7×7=98、98×7=2×7×7×7=686です。

これから12月末のねずみの数は、2に7を12回かけて
2×7×7×7×7×7×7×7×7×7×7×7×7=27682574402
答えは、276億8257万4402匹。いわゆる「ねずみ算式に増える」「ネズミ講」というのはこの問題からきています。

木の高さを測る法

「正方形の鼻紙を斜めに折り三角形にします。これに小石をぶら下げて、立てた辺が地面に垂直になるように保ちつつ、斜辺の延長上に木の頂点が見える位置まで移動しました。この場所が木の根から7間の距離だった場合、木の高さは何間でしょうか。鼻紙は地面から0.5間の高さに持っているとします」

次のように図を描いて考えれば分かります。実用的な問題であるところが面白いです。

直角二等辺三角形の2辺の関係から鼻紙の角から木の根本までの長さと木の根本からてっぺんまでの長さが等しくなります。
地面から木の根元までの高さ=鼻紙は地面から0.5間の高さ
ですから、木の高さ=7間+0.5間=7.5間となります。

目付字(めつけじ)

右下にある一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、杼、穣、溝、澗、正、載、極、恒(恒河沙の略)、阿(阿僧祇の略)、那(那由他の略)、不(不可思議の略)、無(無量大数の略)から1つ相手に選んで覚えてもらいます。

図の下の枝から順に、その枝では覚えた字が花の方にあるか、それとも葉の方にあるかを尋ねていきます。その返答から、相手の覚えた字を言い当てるゲームです。枝に下から順に一、二、四、八、十六という数が書かれてあるのがポイントです。

相手が「花の方にある」と答えた枝に付いている数だけを加えます。その合計数が、相手の覚えた文字が何番目のものかを表しています。
例えば、「億」を選んだとしたら、花に「億」があるのは「二」と「四」です。2+4=6と計算し、一から6番目の億と分かるということです。目付字は2進法を利用したゲームです。

『塵劫記』の著者・吉田光由(よしだみつよし)が師事した毛利重能(もうりしげよし)と角倉素庵(すみのくらそあん)

このような魅力的な『塵劫記』は突然出来上がったのではありません。そのルーツを少しだけ探ってみましょう。

著者である数学者・吉田光由(1598-1673)は京都の豪商角倉家の一族に生まれました。吉田光由が最初に師事したのが江戸初期の数学者・毛利重能です。1622年、毛利は『割算書(わりざんしょ)』を著しています。著者名がわかる数学書として現存日本最古のものです。

毛利は京都で塾を開き数学を教え、数百人の弟子がいたといいます。中でも有名なのが吉田の他に、『竪亥録(じゅがいろく)』(数学公式集)の著者・今村知商(いまむらともあき)そして算聖・関孝和を育てた高原吉種(たかはらよしたね)です。吉田光由、今村知商、高原吉種は毛利の三高弟と呼ばれます。まさに毛利重能は近代日本数学の開祖ともいうべき指導者でした。

『割算書』よりも古い著者不明の数学書に『算用記(さんようき)』があります。体積の計算法、金利計算、測量など日常的な内容です。毛利はこの『算用記』の内容を敷衍(ふえん:意味のわかりにくい所をやさしく言い替えたり詳しく述べたりして説明すること)し、そろばんでわり算を行う方法、絹布や米の売買、金銀貸の両替、借銀利子、検地、測量、面積、体積の計算方法などを加えて『割算書』を作り上げました。

そして、吉田が次に師事したのが角倉素庵(すみのくらそあん、1571-1632)です。吉田一族は、医者と土倉業を生業として栄えた豪商です。その環境のもとで育った素庵は海外貿易・土木事業を行う一方で、儒学者、能書家、角倉流書風の始祖という多彩な文化人でもありました。そして素庵は、『史記』の刊行を始めとする数々の古典そして豪華な嵯峨本の出版も行いました。

こうして吉田は二人の師の大きな影響を受けて『塵劫記』を完成していきました。吉田は寛永4年から18年までに6回の改版を続けました。吉田に続く伝統があって初めて『塵劫記』が内容、装丁、印刷技術すべてにおいて最高レベルの本に仕上がったということです。

現在、『塵劫記』の画像を以下のようなデジタルアーカイブで閲覧することができます。ぜひ覗いてみてください。

執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
公益財団法人 中央教育研究所 理事。
国土地理院研究評価委員会委員。
2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。
全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。
著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。

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