人と星とともにある数学 第34回

エイダ・ラブレス
~世界初のコンピューター・プログラマー~

モバイル端末とイヤホン ── 現代の音楽を聴くスタイルです。いったい誰がこのような時代になることを予言できたでしょうか。驚くべきことに、今から二百年前も昔に予言した人物がいました。世界初のコンピューター・プログラマーとして知られるエイダ・ラブレスです。

1815年12月10日、エイダ・ラブレス(Ada Lovelace)はイギリスの貴族で有名な詩人、ジョージ・バイロンの娘として誕生しました。父親である詩人バイロン卿は、産まれた子が男子でなかったことに失望し、家庭を捨てギリシャへ渡ってしまいます。

母アナベラは社会革命家ウィリアム・フレンド(1757–1841)に学んだほどの高い教養人でした。娘エイダに家庭教師をつけて幼少期から数学と科学の教育を受けさせます。家庭教師には、内科医ウィリアム・キング(1786-1865)、天文学者であり数学者で王立天文学会の初の女性会員となったメアリー・サマヴィル(1780-1872)、そして数学者ド・モルガン(1806-1871)──数理論理学のド・モルガンの法則で有名──というラインナップです。飛び抜けた英知に接した少女エイダは彼らに才能を認められ、激励され数学の才能を伸ばしていきました。

1833年、18歳のエイダに運命の出会いが訪れます。数学者チャールズ・バベッジ(1791-1871)が行った「階差機関(Difference Engine:ディファレンス・エンジン)」のデモンストレーションにエイダは招かれました。

1832年、41歳のバベッジが発表した論文が”Note on the application of machinery to the computation of astronomical and mathematical tables”(天文暦と数表の計算への機械の適用に関する覚書)。この“machinery”こそ階差機関です。

数表作成に必要な多項式の演算を“階差”によってのみ行う歯車式自動計算機を、バベッジは階差機関と名付けました。計算間違いだらけの対数表を眺めながら「そうだ、数表作成をすべて機械にやらせよう」と呟いたのがバベッジでした。

エイダはマシンに強い興味を持ち、一瞬で虜になりました。いつしかバベッジの弟子のような、秘書のような立場になっていきました。その頃バベッジはさらなる高性能なマシン、解析機関(Analytical Engine:アナリティカル・エンジン)の開発を始めたところでした。

新しいマシンは、数値記憶と演算部分を分けた構造で、プログラムとデータの入力用パンチカード、印刷機能を備え、動力源として蒸気機関を用いるというモンスターマシン。バベッジがコンピューターの父と呼ばれる所以が階差機関と解析機関の考案にあります。

バベッジは解析機関についてのフランス語の記事を翻訳する仕事をエイダに依頼します。エイダは単に翻訳するだけにとどまらず、解析機関についての彼女自身の解説・アイデアを盛り込んでいったのです。はたして、元の記事の分量は2倍に膨れ、彼女の格言に満ちた言葉がしたためられた格調高いドキュメントが完成しました。

解析エンジンは、花や葉の模様を織り込んだジャカード織のように、代数のパターンを織り込んでいきます

この中に世界初のプログラム・コードが書かれました。バベッジによるベルヌーイ数を算出するためのプログラミングの記述を読んだエイダは、その仕組みを理解し、独自のベルヌーイ数計算コードを作り上げてしまったのです。

さらにエイダは解析エンジンに実行させる計算内容を指定した基本的な命令群──サブルーチン・ループ・ジャンプなど──を考案しました。世界初のコンピューター・プログラマー誕生の瞬間です。しかし、エイダは子宮癌を患い、1852年に36歳の若さで亡くなりました。

それから一世紀後、数学者アラン・チューリング(1912-1954)が1950年の論文の中で、バベッジとエイダの功績は「計算機科学において非常に重要」と結論付け、エイダは甦りました。1983年に米国国防総省がプログラミング言語「Ada」を開発。

毎年「Ada Lovelace Day」が開催され、エイダの栄誉を称えるとともにSTEM分野のキャリアを目指す新しい世代の女性たちを応援しています。

例えば、これまで音楽学の和音理論や作曲論で論じられてきた音階の基本的な構成を、数値やその組み合わせに置き換えることができれば、解析機関は曲の複雑さや長さを問わず、細密で系統的な音楽作品を作曲できるでしょう(エイダ)

執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
公益財団法人 中央教育研究所 理事。
国土地理院研究評価委員会委員。
2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。
全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。
著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。