地図マニアな日々

進化を続ける路線図

デフォルメされたネットワーク図

地図は現実世界を記号化したものであるといえるが、その記号化にはさまざまな方法がある。一般的な地図は空から見た世界をそのまま正射影で表現するわけだが、イラストマップのように、現実世界をデフォルメすることで必要な情報を見やすく表現しているような地図もある。その代表格が、鉄道などの路線図だろう。

当初の路線図は駅と路線の位相(トポロジー)を表現することを目的としていた。路線や駅の密度は場所によって異なる。比較的空いているエリアもあれば、都市部のように狭い中に路線や駅がひしめき合うような領域もある。そこに駅名や路線名といった注記も表示しなければならないため、地図表現が非常に難しい分野であるといえる。

従来の路線図で求められていたのは、路線のネットワークを可視化するグラフィックだった。限られた領域の中で錯雑とした路線網を表現するために、それ以外の要素を犠牲にしてデフォルメすることで作成されてきた。

一般的な地図は図中の位置関係や距離、形状等を意識する。そしてそれらの要素を定量化するためには、縮尺の概念が不可欠である。しかし路線図では、これらの要素はほとんど意味をなさない。利用者は路線図上で自らの目で経路検索を行う。その際に点(駅)や線(路線)は重要な意味を持つが、一般的な地図の読図であれば不可欠である面(領域)はほとんど意識されない。つまり、利用する側にとっても特殊な地図であるといえる。20180907_1

首都圏の鉄道路線図
密度が高く複雑なネットワークを適切なデフォルメにより表現している
(株式会社地理情報開発)

原型は1839年のGeorge Bradshawの路線図

路線図の原型は、イギリスのカートグラファーGeorge Bradshawが1839年に作成した鉄道地図であるといわれる。この路線図は鉄道が強調されているものの、いわゆるデフォルメ図ではなく、正縮尺の地図だった。日本では1894年創刊の時刻表「汽車汽舩旅行案内」が1904年に掲載した鉄道地図が最初で、こちらも正縮尺の地図に鉄道を描いたものだった。いずれも鉄道路線網の密度が低かった時代であり、地図をデフォルメする必要がなかったと考えることができる。

正縮尺でない路線図としては、1925年刊行の日本旅行文化協会の時刻表に添付された鉄道地図が最も古いとされている。この地図ではそれまでの路線図に記載されていた河川や道路、主要都市といった情報が省略されている。路線については、直線化や部分的なデフォルメが見られるが、極力実際の形状に近づけるように描かれていた。

1930年の日本旅行協会「汽車時刻表」では朝鮮半島や旧満洲も含めて、国鉄(および外地の国に準ずる機関の運営する鉄道)について、全駅の表示がされた。ここにおいて路線も海岸線も実際の形状を反映しないデフォルメ路線図が登場することになった。鉄道路線網が高密度になってきたことに加え、全駅を掲載することを目的としたため、路線図の「位相図」としての性格が強調されるようになったのである。この方式が後の日本の鉄道時刻表に踏襲されていくことになる。

インフォグラフィックとしての路線図

時代が進むと路線網はどんどん複雑になり、地図は分かりにくくなっていく。首都圏や関西圏など都市部周辺ではさらに顕著だった。そこで見やすさを考慮したグラフィックデザインの要素が入るようになる。インフォグラフィックとしての路線図である。

すべての路線を水平に伸びる直線とそれに90°もしくは45°で交差する直線で表現する方法や、多数の色を使って運転系統を区別するようなデザインは、列車の車内の案内図などでお馴染みだが、この方式はHenry C.Beckによる1933年のロンドンの地下鉄案内図が元祖であるとされている。日本でこの方式を採り入れたのは、1970年の帝都高速度交通営団(現 東京メトロ)が最初といわれる。

このように路線図は地理的正確さから乖離する方向へと進化し、それが社会に受容されてきたことは興味深い。その背景には「高速な線的移動の日常化」があるといわれ、モビリティの発展とそれに伴う人の意識の変化を反映する形で、路線図にインフォグラフィックの要素が取り込まれてきたことを示している。20180907_2

エセックス大学Max Roberts博士によるニューヨークの地下鉄路線図
「New York Circles」

20180907_3韓国のデザイン事務所ZERO PER ZEROによる東京の路線図

路線図の新しい潮流

ところが、近年この傾向は大きく変わってきている。最も大きな要因は、路線図の閲覧手段が紙からデジタルへ、とりわけWebに変わってきたことだろう。デフォルメは限られたスペースの中に複雑な路線網を表現するための手段だが、デジタルではスクロールや表示切り替えなどを通じてインタラクティブな表示が可能である。それは路線図の表現方法において、デフォルメありきのインフォグラフィック的な手法から、周辺地物との位置関係が担保された正縮尺の地図への回帰を促すことになる。

利用者が路線図を見る行為に関して、既往研究から以下のことが分かっている。
1)路線により構成される形状は単純な図形に置き換えられ記憶される
2)検索性を大きく左右する要因は角の丸みの有無であり、角の丸みの大きさによる影響は小さい

こうした分析は、利用者が路線図を見るだけでなく、「覚える」(暗記する・脳内で認知地図を形成する)ことを同時に行っていることを示すものであり、非常に興味深い。確かに、路線図を見ずとも首都圏の路線ネットワークをある程度正しく認識している人は多いし、路線図がなくともある程度の移動が可能な人もそれなりにいる。

その一方で、路線網はどんどん複雑になっており、ネットワークを覚えることは容易でなくなってきていることも事実だ。また、従来の路線図はネットワークのみを示していたため、実世界では遠回りになるなど、モビリティとして効率的でないような移動を強いられることも少なくなかった。

鉄道やバスといった公共交通を利用するのはあくまでも移動の手段であり、目的ではない。では目的は何かといえば、現在地から訪問先までを効率的に移動することである。それは必ずしも駅から駅の移動ではない。例えば現在地や目的地の最寄り駅(あるいは停留所)が分からなければ路線図を見る以前の問題であり、検索すらできないのだ。そこで路線以外の情報が必要になってくる。

かつて紙という限られたスペースの中で描かれていた路線図が、現在ではデバイスさえあれば、インターネット空間でシームレスかつインタラクティブに見ることができる。そうなった時に、位相図化やデフォルメ化は重要な意味を持たなくなることも事実だろう。

その一方で、人々は身近な情報を路線や駅に集約する性質があり、それは都市部において顕著である。不動産や仕事を探す際に、沿線別あるいは駅を中心に考えるのはその一例だし、初対面の人に「どこに住んでいるの?」などと聞かれて、住所でなく駅名で答える人も多いのではないか。ここにインフォグラフィックとしての路線図のニーズがある。

つまるところ、路線図の目的は多様化しているのだ。そうした中で、正射影の路線図とインフォグラフィックとしてのデフォルメされた路線図が、それぞれの進化を遂げていく時代が到来したと考えることもできる。前述のように「人々は身近な情報を路線や駅に集約する」とすれば、たとえばGIS上でさまざまな情報を解析・表現するためのベースマップは路線図の方が適切というケースも出てくるのかもしれない。それはGISそのものの伸びしろと言い換えることもできるのではないか。20180907_4

ヴァル研究所による「駅すぱあと路線図」
「相対関係が分かる」デフォルメにより全国でシームレスにつなぐスタイルで路線図のスタンダードを目指している

執筆者ご紹介  遠藤宏之(えんどうひろゆき)様
地理空間情報ライター(地図・地理・測量・GIS・位置情報・防災)、測量士、GIS NEXT副編集長
著書:『三陸たびガイド』『地名は災害を警告する』『首都大地震揺れやすさマップ』(解説面)『みんなが知りたい地図の疑問50』(共著)他