人と星とともにある数学 第25回

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2018年2月27日


地図と数学 子午線弧長の計算

球ではなかった地球 フランス革命戦士・数学者ドランブルの活躍

「距離及び面積は、第三項に規定する回転楕円体の表面上の値で表示する」。
わが国の測量法第十一条です。国土を測量することは最も基本的な国家の仕事です。したがって測量の基準も法律によって定められています。

地球の形と大きさを研究する科学が測地学です。紀元前3世紀、エラトステネス(紀元前276頃-紀元前195頃)がエジプトで地球の大きさを測定したことがその始まりです。以来、人類は地球を測り続けることになります。より正確な地球の姿を知るために。

はたして、地球は自転しているため、その遠心力によって南北方向に比べて赤道方向が少し膨らんだ回転楕円体と呼ばれるものに近い形をしていることが明らかにされました。両極を結んだ直線──子午線──を通る面で地球を切った時の断面が楕円の形をしています。

200年前、ヨーロッパには長さの単位が40万種類もあったといわれています。もはやそれを統一しようなど考える国はありませんでした。1つの国を除いては。正気の沙汰ではない国こそフランスでした。1791年、フランス国民会議は「赤道から北極までの子午線弧長の1000万分の1を1メートルとする」と決定し、翌年から子午線測量プロジェクトが始動します。すべては、長さの単位を一つにするために。

「一つの信念、一つの重さ、一つの長さ、一つの通貨が実現すれば、全世界は調和のもとに融合するだろう」。フランス革命戦士の合い言葉です。

1792年、7年におよぶ子午線測量プロジェクトの末に子午線の長さは驚くべき精密さで算出され、単位「メートル」が誕生。さらに80年以上をかけて、1875年メートル条約締結。

子午線測量プロジェクトのリーダーである数学者ドランブル(1749-1822)は、その厖大な測量データから地球の正体を捉えることに成功しました。地球が回転楕円体であることの定量的な解明です。1799年、ドランブルは自らの最大の武器である数学──微分積分法──を用いて、赤道から緯度φ度までの子午線弧長S(φ)を算出する公式の導出に成功。

ベッセル関数

ドランブルに続いて子午線弧長の計算に挑んだのが本連載第20回で紹介したドイツの天文学者・数学者ベッセル(1748-1846)です。惑星の軌道の形が楕円であることを解き明かしたのがケプラーの法則の発見で知られるケプラー(1571-1630)です。

ケプラーの名前が冠された「ケプラー方程式」とは、惑星の位置と時刻の関係式です。したがって、ある時刻における惑星の位置を求めようとする場合にケプラー方程式の出番となります。それにはケプラー方程式を惑星の位置について解けばいいのですが、これが難問。

ニュートン(1642-1727)は著書「プリンキピア」の中でこの難問を幾何学的に解いてみせました。解析的に解くことに成功したのがドランブルです。そこで用いられた道具がベッセル関数。

ベッセル楕円体

惑星の楕円軌道の謎をベッセル関数で解いてみせたベッセルは、もう一つの楕円──地球──の謎にもチャレンジしました。

1841年、ベッセルは当時世界中で測量された結果をもとに、地球がどのような形と大きさであるかを算出しました。その結果は、地球は赤道半径6,377,397.155メートル、極半径6,356,078.963メートルおよび扁平率1 / 299.152813である回転楕円体というものでした。ここで扁平率とは、回転楕円体が球に比べてどれくらいつぶれているかを表す数値です。完全な球の扁平率は0で、つぶれるにつれて扁平率は1に近づきます。このベッセルの結果が「ベッセル楕円体」です。

ベッセル楕円体は世界中で採用され、わが国の測量法でも、2002年まで採用していました。それが冒頭の測量法にある「楕円体」です。現在は人工衛星測量による精確な「GRS80楕円体」が用いられています。

ベッセルは14歳から貿易会社で働きはじめたことがきっかけで、航海上の問題に数学を使い始めるようになりました。海上での経度決定のための天文学にも関心を持つようになり、ハレー彗星の軌道計算に関わるまでになりました。その結果、貿易会社をやめ天文台で働くようになり、天文学に多大に貢献することになったのです。

ベッセルの切手には、ケプラー方程式を解くのに使ったベッセル関数のグラフも描かれています。大学に行かなかったベッセルは、航海の仕事をきっかけに天文学と数学を学び始めました。星を自らの目と体を使って測量し、数学のまなざしで真実を突き詰めたベッセル。彼もまた星の光に導かれた数学者でした。20180226_3

現在進行形で進化する子午線弧長計算

1880年、ドイツの測地学者・数学者ヘルメルト(1843-1917)がヘルメルト・ベッセルの公式と呼ばれる子午線弧長の計算公式を発表しました。

数学者ガウス(1777-1855)によって発見された最小二乗法は、ガウス自身が天文学や測地学へ応用できることを示しました。ヘルメルトはその詳細な解説書を執筆しています。回転楕円体におけるパラメータの決定、測地座標系の座標変換「ヘルメルト変換」など多大な貢献をしています。

興味深いことにヘルメルトは、子午線弧長の計算公式の導出過程を完全なものに仕上げることをしませんでした。それでもヘルメルトの公式は以前のものに比べて簡潔で精度もよかったので普及しました。

2009年、国土地理院の河瀬和重によってヘルメルトの公式の証明が与えられました。河瀬は新しい子午線弧長の計算公式を発表し、ヘルメルトの公式はその河瀬の公式から導かれることを明らかにしました。

河瀬の公式は、子午線弧長の計算公式は現在進行形の研究テーマであることを私達に教えてくれます。それにしても、何故かくも子午線弧長の計算が今だに問題になっているのでしょうか。困難の本質は「楕円」にあります。

ドランブルから続く子午線弧長の計算公式は「楕円積分」を必要とします。これが難解なのです。ヤコビ(1804-1851)、ルジャンドル(1752-1833)、ガウスといった数学者たちが長年にわたって研究してきた難問です。その研究のおかげで地球の真の形を知ることができるのです。

本連載でこれまで見てきたように、星に導かれて三角関数を手に入れた人類は、三角関数から指数関数、対数関数、そして星の運動を計算するための微分積分法という強力なツールを作り上げてきました。子午線弧長の計算の風景は、まさに星と人とともにある数学の絶景といえます。20180226_1


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執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。東京理科大学大学院、日本大学芸術学部非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
2000年、日本初のサイエンスナビゲーターとして数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。
東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。