人と星とともにある数学 第24回

地図と数学 グラフと座標

関数とグラフ

20180126_1前回、「関数」という抽象概念は長年に渡る地図作りのおかげであることを述べました。「関数」といえば「グラフ」が思い出されます。中学高校の数学の教科書では「関数とグラフ」と章立てされています。

1次関数y=axのグラフは直線、2次関数y=x2のグラフは放物線というように、xとyを用いた関数はグラフという形とともに理解できます。直線や曲線は点の集合です。数学における直線の概念です。したがって、関数y=f(x)を満たす点(x,y)の集合は線(曲線)になります。これが関数のグラフです。ここで必要になるのは(x,y)という「座標」の概念です。今では点(1,2)の理解は難しいことではありません。ただし、平面上で直交するx軸とy軸という座標軸が頭の中に描かれるならばです。

しかし、この座標の概念は、17~18世紀にようやく考え出されたものです。数学の概念は出来上がってしまえば、いつかは誰にも当たり前なものとなります。それは、新しい概念は、その誕生以前には誰にも当たり前ではない、理解し難い存在であることを意味します。

『経度への挑戦 一秒にかけた四百年』

わたしたちは座標の概念をどこから手に入れたのでしょうか。座標の原風景こそ地図作りに他なりません。わたしたちは地球上に生きています。それはすなわち、わたしたちが地球上のある位置を占めていることを意味します。

地球という平面上の居場所を表すための基準が緯度と経度であり“当たり前”の存在となっています。人類が緯度と経度を手に入れるのにどれだけ苦労したか、その経緯を知る人がいったいどれだけいるでしょうか。

緯度が北極星の位置を調べればわかるのに比べて、経度を決めることは困難を極めました。船上で経度測定ができないために海難事故が頻発したイギリスでは、確かな経度測定法に高額な懸賞金がかけられたほどです。
「経度誤差が30分以内の測定方法の考案者には、国王の身代金に相当する賞金をあたえる」
経度測定の難しさが伝わるこの文章を私が知ったのは『経度への挑戦 一秒にかけた四百年』(Dava Sobel (原著)、藤井 留美 (翻訳)、翔泳社)です。18世紀のイギリス、経度を測定するために、半生をかけて正確な海上時計を作り上げた時計職人ジョン・ハリソンの物語です。次はその本の一節です。

「経度がわからないために、ただでさえ長い航海はますます長くなり、海上にいる時間が長くなると、それだけ壊血病に苦しむ船員も増えた。(中略)あえぐような呼吸を繰り返して、日々の衰えに抵抗するが、 最後は脳の血管が破裂して死に至るのだ。確かな経度測定法がないことは、このように船乗りに苦痛を与えるだけでなく、経済的にも莫大な損失をもたらした。緯度だけを手がかりにして、船が安全確実に航海できる大洋航路は数えるほどしかない。そのため捕鯨船や商船、船艦、海賊船が狭い航路にひしめきあい、たがいを食い物にしあっていた」

当時の航海がいかに過酷であるか、そして経度測定が求められていたかがわかります。経度がなかった時代がずっと続いていたということにあらためて驚かされます。

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18世紀になってようやく緯度と経度は揃いました。地球上での場所を表す緯度と経度、それぞれ緯線と経線という直交する2本の直線上に割り振られた数値を表します。天空上の星の位置を表すのに用いられるのは赤緯と赤経です。

緯度と経度を決めるのにこんなにも年月がかかったのは、地球上に緯線も経線も描かれていないからに他なりません。ノートに描かれた図形の背後にも、x軸とy軸など元々存在しません。しかし、目に見える地球、目に見える夜空に輝く星々、そして目に見えるノートに描かれた図形がある限り、わたしたちはその位置を記述し、誰かに伝えるための手段、すなわち正確な地図を作る方法を求め続けました。かくして、目に見えない緯線と経線を地球上に描くことに成功しました。その証拠が地図の紙面にインクで描かれた緯線と経線です。

英語辞書で知った「デカルト座標」

地図を作るための緯線と経線の発明が、x軸とy軸という座標軸および座標の概念へと結び付いていきました。

2つの数を用いて平面上の点の位置を表す座標は、フランスの哲学者、数学者ルネ・デカルト(1596-1650)の名前が付いた「デカルト座標(Cartesian coordinates)」と呼ばれています。私がこの事実を知ったのは、英語辞書で哲学者デカルトを調べた大学1年生の時でした。Descartes デカルトの後に、Cartesian plane【数】デカルト平面、Cartesian coordinate【数】デカルト座標、Cartesian coordinate system【数】デカルト座標系、…と数学用語が続くことに驚き感心したことを今でも覚えています。

デカルトと座標のように、地図と数学にも両者を結ぶ用語があります。地球全体で眺めると緯線と経線は円という曲線ですが、小さな地図の上ではそれぞれは直線として描かれます。地球全体は球面ですから、平面地図を作ることはできません。しかし小さな範囲では、緯線と経線が直線である平面の地図を作ることができます。それら小さな地図を継ぎ合わすことで地球全体を表すことができます。これが、atras 地図帳(アトラス)です。数学におけるatrasは、座標近傍系(coordinate neighbourhood system)を表す用語です。

地球全体と小さな地図の間に「橋渡し」ができることになります。この「橋渡し」を数学で「写像」といい、英語のmapです。「関数」とは、実数どうしの集合の橋渡し、すなわち「写像」のことをいいます。

map【名】
1.(1枚の)地図《◆「地図帳」は atlas, 「海図」は chart》
2.(地図のような)図解(chart);地図のように描かれたもの;案内図;星図, 天体図
3.〔数学〕写像20180126_3

執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役CEO。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。 東京理科大学大学院非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。 高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
公益財団法人 中央教育研究所 理事。
国土地理院研究評価委員会委員。
2000年にサイエンスナビゲーターを名乗り、数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。 子どもから大人までを対象とした講演会は年間70回以上。
全国で反響を呼び、テレビ・新聞・雑誌など様々なメディアに出演。
著書に『感動する!数学』『わくわく数の世界の大冒険』『面白くて眠れなくなる数学』など50冊以上。
サイエンスナビゲーターは株式会社sakurAi Science Factoryの登録商標です。