人と星とともにある数学 第22回

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2017年11月29日


驚異のラプラス変換

微分方程式という数学モデルの誕生

連載第20回では「世界は運動する」と題して微分を取り上げました。運動とは何かという問いに対し、古代ギリシャのアリストテレスから18世紀のニュートンまで一気に眺めてきました。星の運動を捉えるという大きな動機付けのおかげで数学とともに発展してきた運動論は、ニュートンによる運動方程式の完成により一大クライマックスを迎えました。

運動の本質である刻々と変化する連続性を微分積分によって表現することが可能になったことが、発展の最大の肝といえます。自然現象を微分積分を用いた数学モデルに翻訳することで、ついに自然は計算可能な存在になりました。

はたして、その数学モデルは刻々と変化するありとあらゆる現象に対して適用されることになります。その代表格が微分方程式。現象を表すためのパラメータ(変数)を決めると、変数が満たす微分方程式が浮かび上がります。初期条件を与えることで微分方程式は解かれ、その解は変数の時間変化がわかる関数として得られます。

連載第21回「電気と人とともにある数学」ではLC共振回路を取り上げ、電気工学者オリヴァー・ヘヴィサイド(1850〜1925)が数学を駆使し驚きの解法──虚数による解法を発見したことを紹介しました。それに続くヘヴィサイドの偉業「ラプラス変換」をこれから紹介します。

LC共振回路のような交流回路の特徴は計算の面倒さです。ヘヴィサイドは虚数を用いてインピーダンスという新しい量を定義することで直流回路と同じように回路計算ができることを考案しました。インピーダンスのアイディアから私がラジオ少年だったときに出会ったラジオの周波数を求める公式の導出もなされます。

これで一件落着といかないのが交流回路の手強さです。素子およびその接続が増えるにつれて交流回路を表す微分方程式は複雑になり、解くことは面倒極まりないことになります。そこでヘヴィサイドが考え出した解法が「ラプラス変換」です。LC共振回路と同じ形の微分方程式を持つ「ばねの単振動」とあわせてその解法の様子を見ていきます。

ばねの一端を固定しつり下げたばねに質量m[kg]の球をつけると、自然長よりも球の分だけ伸びた位置でばねと球はつり合います。そこで、さらにその位置から長さA[m]だけ伸ばした位置からそっと球を離すとします。その時の時刻をt=0として、その後のばねの運動の様子(単振動)は微分方程式を考えることで説明できます。

つり合いの位置を原点としてそこから距離x[m]だけ離れた位置に球がある場合に、ばねにはつり合いの位置(原点)からの距離x[m]に比例した力だけ働きます。また、ばねが伸びる方向をxの正の方向と考えれば、ばねには負の方向の力が働きます。ばね定数をk[N/m](1[m]ばねを伸ばすのにk[N]の力がいるばね)とすると、ばねに働く力は—kx[N]です。

ニュートンの運動方程式の出番です。質量mに球に働く力はmに加速度すなわち位置xの2階微分をかけた値になり、球の運動方程式が得られます。この微分方程式の右辺を0の形に変形してみます。はたして、それはLC共振回路の微分方程式と同じ型になることがわかります。20171128_1

微分方程式をラプラス変換で解く

これは2階線型微分方程式と呼ばれる微分方程式です。通常、微分方程式の解法には積分法が用いられます。積分の計算には、パズル解法のような熟練した技が求められます。積分の逆である微分の計算が容易であることの裏返しといえます。ヘヴィサイドは、微分方程式を積分せずに求めてしまう驚くべき解法を発見します。順を追って説明してみましょう。
【Step1】もとの微分方程式のすべての項を「ラプラス変換」の表を参照しながら機械的にsとX(s)の式に変換します。
【Step2】初期条件を代入します。
【Step3】X(s)について式変形します。
【Step4】「逆ラプラス変換」の表を参照しながらX(s)をx(t)に、sの式をtの式に変換します。
【Step5】現れた式が微分方程式の解x(t)です。

ヘヴィサイドの解法は、微分方程式を面倒な積分計算をしなくとも2つの表と代数的式変形だけで解いてしまう魔法です。面倒なかけ算を簡単なたし算と数表で計算するネイピアの対数のようなものです。20171128_2

ヘヴィサイドの不遇

ここではラプラス変換の雰囲気だけしか伝えられませんが、ラプラス変換の威力は微分方程式の解法にとどまらず、その応用分野は多岐に及びます。電気回路設計の分野だけでも、過渡現象、フィルタ設計、周波数解析、位相補正などに応用されています。フィードバック制御は電気回路のみならず機械工学、画像処理、レンズ設計にも応用されています。さらにラプラス変換は、フーリエ変換、Z変換などにも影響を及ぼしています。

ラプラス変換はヘヴィサイド変換と呼ばれてもよさそうですが、そうは呼ばれていません。1887年にヘヴィサイドは、「演算子」の電気回路への応用を論文発表しました。これが「ヘヴィサイドの演算子法」と呼ばれるもので、いまここに説明したラプラス変換のことです。ところが、英国王立協会は論文掲載を拒絶します。数学的厳密な証明がなされていなかったからです。電気工学者であるヘヴィサイドは数学者への怒りを露わにし、大きく失望します。次のヘヴィサイドの言葉からもうかがえます。

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数学は経験科学であり、定義がはじめに来るのではなく、後から来るものである。
(途中省略)事前に法則を主張することは、不条理なことである。
消化の機構を全て理解していないからといって、食事を拒絶するだろうか?

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1910年以降にようやくヘヴィサイドの方法の有効性が実証され、厳密な理論化もなされました。それほどに深い理論だったのです。このとき、ラプラス(1749-1827)によってもともとのラプラス変換が発見されていたことがわかり、そう呼ばれるようになりました。

十代から独学を貫いてきたヘヴィサイドは、死ぬまで権威と常識に闘いを挑みつづけました。あまりにも先を行きすぎていた業績のほとんどは、彼の死後認められました。これまた対数を作り出したネイピアのようです。

ヘヴィサイドのおかげで、今日の電気工学、電磁気学そして数学があります。私が少年時代、電気回路に数学の光を見ることができたのも、ヘヴィサイドのおかげだったのです。


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執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。東京理科大学大学院、日本大学芸術学部非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
2000年、日本初のサイエンスナビゲーターとして数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。
東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。