高精度測位の対象となるのは屋外だけではない。GNSSの信号が届かない屋内や地下空間においても位置情報取得のニーズは高い。
既にさまざまな手法による屋内測位の試みがなされており、地下鉄構内のナビゲーションや大型商業施設内でのマッチングや広告配信、工場内でのモニタリングなどへの応用が始まっているが実情はどうなのだろうか。
屋内測位技術の手法ごとに現状を整理したうえで課題を探ってみたい。
目次
Wi-Fiによる測位
Wi-Fiを利用した測位はスマホなどでも使われているお馴染みの手法で、複数の基地局からの電波強度の違いから位置を算出する。
Wi-Fiそのものが普及していることもあり、ビーコンと異なり設置コストがかからないのは大きなメリットである。
しかし精度を上げるにはそれなりの密度が必要なことや、階層を特定できないという課題もある。
iPhoneの設定画面
Wi-Fiを利用して屋内位置情報を補正している
ビーコンによる測位
屋内に設置したBLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンからの信号強度を判別して位置を確定する方法は、特定の屋内エリアにおける位置推定では一つのスタンダートになっている。
信号の到達範囲が狭い(10m程度)ため、設置するビーコンが多くなりそれなりのコストはかかるが、その分位置精度は高くなる。
こうした特性を利用して、特定エリア内ではさまざまな活用事例がある。
工場での事例では、製造ラインで工程別の従業員一人一人がどう動いたのかをBLEビーコンとスマートデバイスで視覚化し、人待ち装置状態による機会ロスを解消して、生産性の向上を実現するなどの効果が知られている。
ショッピングセンターにおいても、来店客の位置情報を活用した広告配信や商品の情報提供、目的の商品への誘導、さらには導線データを収集・分析によりマーケティングにフィードバックする形で活用されている事例がある。
地磁気センサーによる測位
ヤフーでは、地図アプリに2016年からスマホに搭載されている地磁気センサーを利用した屋内測位技術を導入している。
対象エリアは新宿駅、渋谷駅、東京駅の改札外で、最小誤差1mの精度を実現している。
地上から地下への移動だけでなく、地下空間でのフロア(階層)移動においても、地図を次の階層に自動で切り替えて屋内ナビに応用している。
この方法は機器の設置等を必要とせず、電力消費などのランニングコストもない点は優位である。
しかし一方で、建物等の構造物から発生する地磁気パターンに依存する測位方法であるため、事前に地磁気パターンを測定してデータベース化する必要があることや、ノイズ対策を必要とするなど、広く普及させるには課題もある。
IMESによる屋内外シームレス測位
屋内外のシームレス測位のカギを握る技術が宇宙航空研究開発機構(JAXA)の考案によるIMES(Indoor MEssaging System)だ。
屋内送信機からGPSと同じ信号で位置情報を送る方式で、専用の受信機を必要とせず、通常のGPS受信機を利用できるため、シームレスな位置情報システムとして汎用性が高い。
ユニークなのは、通常の衛星測位と異なり、IMESにおいては送信機と受信機の間の測距を行わず送信機からそのまま位置情報をメッセージとして送信することだ。
位置の決定に関与する送信機が1台のみとコストで有利な点や、測距を行わないためマルチパス等の影響を受けないなどメリットは多いが、位置精度は10m程度とされる。
通常の衛星測位とIMESの仕組みの違い
(IMESコンソーシアムウェブサイトより)
PDRによる測位
スマホでPDR(Pedestrian Dead Reckoning)と呼ばれる自律航法技術も登場している。
スマホに搭載されているさまざまなセンサー(加速度、磁気、角速度等)から、自身の移動方向と移動距離を推定するものだ。
この方法はスタート地点の位置情報が正確でも、移動とともに誤差が累積していくため、数10m程度おきに別の測位方法で補間する必要がある。
気圧センサーによる測位
その他スマホのセンサーを利用した屋内測位の取り組みでは、東京大学生産技術研究所の伊藤昌毅助教らが気圧センサーの値が地下鉄の走行中には揺れて、停まっている時には安定している性質や、駅によって(深さが異なるため)気圧が異なることを利用し、地下鉄内での位置情報を決定するアプリの研究に取り組んでいる。
可視光通信による測位
今後の普及が期待される手法としては、可視光通信による位置情報の取得がある。
新潟大学工学部情報工学科の牧野秀夫教授はLED照明器具を使った屋内ナビの仕組みを開発している。
この取り組みにはパナソニックが協力しており、市販のLED照明器具に情報を送信する機能を追加すれば、特別な機器を取り付ける必要はない。
照明器具側は点滅で信号を送り、それを複数受信して3点測位により位置をする仕組みだ。
この仕組みを使ったロボットの位置制御実験では10cm以内という高精度を実現しており、パナソニックという企業からの協力がある点も含め実装性が高いのが魅力だ。
ただし現状では受信側に高速度カメラを使っているため、値段が高くなるという難点もある。
今後受信側の機能をスマホに持たせられるかが一つのポイントになるだろう。
可視光通信による測位の仕組み
測位に使用するのは市販のLED照明器具
超音波による測位
国立情報学研究所アーキテクチャ科学研究系の橋爪宏達教授は、超音波を使った位置情報取得に取り組んでいる。
橋爪氏は電気信号と音波を同時送信して音響信号の遅れの絶対値を測る方法(ToA:Time of Arrival)を改良した「位相一致法」と呼ばれる測距方式を開発。
この方式を応用し、送信機もしくは受信機を3台置いて、3辺測量により位置を決定できるというものだ。
現在ではこの方式を可視光通信と組み合わせ、スマホに応用したナビの開発に取り組んでいる。
難点は音波の到達距離が短く、送信機を密に設置しなければならないことだが、橋爪氏はPDRとの併用というアプローチも視野に入れつつ実装を目指している。
位相一致法と可視光通信を組み合わせたスマホナビの実験装置。
3つのスピーカーの中心に照明の光源が置かれ、スマホで受信する仕組み
普及・標準化に向けた課題
ナビゲーションに限らず、ピンポイントなエリアマッチングによる情報配信や人流解析など、屋内測位を利用したさまざまな取り組みは既に実現している。
しかし現状はいずれも特定のエリアで完結した「閉じた取り組み」となっており、広範囲でのシームレスな利用や、普及のための標準化にはまだ越えるべきハードルも多い。
一般的な測位システムとして今後の普及を考えた場合、スマホでの利用が重要な条件となるだろう。
その意味では、どのような機能が搭載されていくかというスマホの動向が今後の屋内測位の方向性を大きく左右する。
もう一つ、屋内測位が広く普及するには大きな課題がある。それは位置情報のプラットフォームの整備が遅れていることだ。
屋外であれば、国土地理院の基盤地図情報のような「位置の基準」はもちろん、さまざまな地図データが整備されており、用途に応じて使い分けられる。
しかし地下や屋内については、位置情報の基盤にできるような地図データがほとんど整備されていない。
「屋内地図プラットフォーム」の整備が、今後地図業界が重点的に取り組むべきテーマになることは間違いない。ただし、そこには地上の地図以上に難しい問題がある。
一つは、パブリックスペースであっても、地下や屋内は多くの場合私有地であることから、誰が主体となって整備するのかという点だ。
もう一つは、屋外であれば写真測量など広域を効率的に図化する方法があるが、地下や屋内では(屋外のような)効率的な測量が難しい点だろう。
設計図や竣工図(完成図)等をベースにする方法もあるが、施設によって仕様が異なるため一筋縄ではいかない。
屋内の場合は階層という大きなハードルも避けて通れない。階層は施設や建物によって任意に設定されるため、なかなか標準化が難しい。
1階と2階の間に中2階が入るようなケースもあるだろうし、地下鉄などは路線によって深さや構造も異なるため、階層の設定そのものが難しいという事情もある。
また、地下街からビルの地下フロアにそのまま繋がっているような構造はよく見られるが、構造上同じフロアであっても、地下街ではB1Fだったのにビルに入るとB2Fになっているような階層の不一致も珍しくない。
こうしたケースも含めて屋内地図プラットフォームをどう標準化していくのかは今後の課題になる。
屋外・屋内に関わらず、シームレスな測位ができてこそ位置情報の利用は進んでいくことになる。準天頂衛星の運用で測位が高精度化すればするほど、遅れがちな屋内測位環境との差は広がっていく。
屋内測位の標準化やそのプラットフォームの整備は、もう待ったなしのところまで来ている。