人と星とともにある数学 第16回

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2017年4月25日


超入門・リーマン予想 その4

リーマン予想が解ける時

20170425_13回に渡り語ってきた超入門・リーマン予想もこれが最終回です。リーマン予想を語るための数式はこれまでの連載の中に登場済みです。最終回は数式は最小限にしました。最後まで一気に文章を読んでいただきたいと思います。

リーマン予想とは、“ゼータ”予想のことに他なりません。オイラーによって発見された最初のゼータ関数。その定義域は、オイラーによって自然数から始まって実数まで拡張されました。

次にリーマンによるゼータ関数──リーマンゼータです。その定義域は複素数にまで拡張されました。それが前回で紹介した解析接続と呼ばれる方法です。オイラーゼータに対して解析接続したのがリーマンゼータです。リーマンは複素数の世界で生息するゼータを発見し、その挙動を探ることになります。そもそものきっかけは素数の個数を精確に知りたいことにありました。

連載で紹介したように、オイラーはオイラーゼータが素数と密接に関係していることを解明していました。リーマンは、複素数に生息するリーマンゼータと素数の関係を考察することで、素数の個数を表す素数公式を発見するに到りました。この研究の中でリーマンが捕らえたのがリーマンゼータの零点です。関数f(x)の零点とは、方程式f(x)=0のxのことです。

リーマンゼータの零点αとは、

ゼータ方程式ζ(α)=0

の複素数αのことです。

この零点αをかき集めることで素数の個数を勘定できるというのがリーマンの素数公式です。するとαの実際の値が問題になってきます。当然、リーマンはゼータ方程式を解くことに着手しました。そして、数個のαの値を求めることに成功しました。この瞬間、リーマンはそれらすべてのαに共通する性質に気づきました。

リーマンゼータの零点 α=1/2+it

リーマンゼータの零点αは複素数ですが、すべてのαの実部が1/2という事実です。その時の様子をリーマンは次のように論文に書き残しています。

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実際、この領域内にほぼこれと同じくらい多くの実根があって、しかもそれらの根がすべて実根であることはきわめてたしからしいのである。(訳:平林幹人)

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このリーマンの記述こそ、リーマン予想が現れた瞬間です。上記を前後の文脈から翻訳すると、リーマンゼータの零点が1/2+itの形であるということになります。

さらにリーマンは次のように続けます。

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もちろん、このことについての厳密な証明を得ることが望ましい。私は少しばかり粗雑で成果のでなかった試みの後に、差し当たりこの証明には手をつけないでおくことにした。なぜなら、以下の私の研究の目的にはなくてもよいとおもえてからである。(訳:平林幹人)

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リーマンは証明を断念したことが読み取れます。

なぜ、リーマンゼータの零点が1/2+itなのか?

これこそ、リーマン予想の証明に他なりません。しかし、このリーマンの言葉を額面通り受け取ってはならないのです。オイラーにも見通すことができなかったゼータの零点。リーマンは「少しばかり粗雑で成果の出なかった試み」によってはそれに到達したと言っています。

少しばかり粗雑なリーマン・ゼータの零点探査だったから、「きわめて確からしい」と言うにとどめたのでしょう。いったいどれほどに粗雑だったというのでしょうか。実は1859年の8ページ論文(というかレポート)には、その計算過程が残されていません。はたして、リーマンによる前人未踏の計算は彼の死後明らかにされました。この「少しばかり粗野な」計算を解読するのに後の数学者がどれほど大変だったことか。

驚異のリーマン・ジーゲルの公式

1859年、リーマン予想の発表の7年後の1866年に40歳でリーマンはこの世を去りました。それから50年以上経て、“事件”が起こります。リーマンの「粗雑な計算」とはどのような計算だったのだろう、それを追い続けた一人の数学者がいました。

1922年ごろ、彼は求めていたリーマンの「粗雑な計算」を発見します。リーマンの未発表の草稿が最後にリーマンがいたゲッチンゲン大学に眠っていました。その発見者こそドイツの数学者カール・ジーゲル(1896-1981)です。ジーゲルの手によって、リーマンが行った埋もれていたゼータの計算が甦ることになります。ジーゲルは驚くべき洞察力でリーマンに迫っていきました。そして、ついにその解読に成功し、リーマン・ジーゲルの公式と呼ばれるようになる公式を発表しました。20170425_2
これ自体、深い結果であり、リーマンゼータの零点計算に驚異的な威力を発揮する公式となります。この公式のおかげで、1935年にはTitchmarshとComirieによって1041番目までの零点がリーマン予想を満たしていることが証明されました。この公式は現在でも非常に強力なものとしてリーマンゼータの零点探査に役立っています。それが前回紹介した数式処理ソフトMathematicaのコマンド"RiemannSiegelZ[t]"です。

Plot[RiemannSiegelZ[t], {t, 0, 100}] リーマンゼータの零点のグラフを描かせるコマンド

数学プログラマーたちのおかげで、誰もがこの面倒なリーマン・ジーゲルの公式を扱えるようになっています。

リーマンゼータの零点を探査せよ20170425_3

ところで、リーマン予想を検証するにはもう一つ重要な点があります。Re(s)=1/2上(臨界直線)だけの零点だけを調べても不十分であるということです。リーマン・ゼータの零点はどこにあるのか。さらに、どれだけあるのか。これらが重要な問題になります。リーマン・ゼータの零点は0<Re(s)<1(臨界領域)にあることがわかっています。そこで、1903年にグラムは、臨界領域における、ある長方形領域における零点の個数を重根の重複度も含めて数え上げることで、長方形領域における零点はすべて臨界線上にあり、単根であることを示しました。このグラム以降もこの方法を基本的に踏襲してリーマンゼータの零点探査は行われていくことになりました。

1932年のリーマン・ジーゲルの公式発見を機に計算に勢いがつき、1950年、イギリスの数学者アラン・チューリング(1912-1954)によって考えだされた新たな評価法と電子計算機の発達がさらなる加速を招くことになりました。いまnを「長方形領域の零点をtが小さい順に数えた時、n番目の零点がすべて臨界線上にあり、単根であること」とします。 1956年のレーマーによるn=25,000は、30年後の1986年には、ルネ、リール、ウィンターによるn=1,500,000,001にまで記録が飛躍的に伸びました。

リーマンに始まるリーマン予想の検証は数値実験として意義があることはもちろんのこと、理論的にも進展のきっかけになります。 ボーアによる概周期関数論の建設はその例であり、まさにリーマンゼータの値分布の研究のために彼によって考えだされた理論でした。

リーマン予想の進展20170425_4

リーマンは、リーマンゼータの零点の臨界領域を0≦Re(s)≦1であることを示しました。1896年、アダマールとプーサンは独立にリーマンゼータの零点の臨界領域を0<Re(s)<1であることを証明することで、素数定理(素数の個数を表す公式、連載参照)を証明しました。オイラーがバーゼルの問題を解いてみせたのが1735年。この時をオイラーゼータの幕開けと見るならば、1859年はリーマンによるリーマンゼータの幕開けでした。両者とも論理の面で厳密さに欠けた内容でしたが、その時代誰も到達できない頂上に独り登ることができました。

リーマンはオイラーの威光を全面に受けて、リーマンゼータの扉を開けることに成功し、素数定理の証明もリーマン予想の深遠さも知ることなくあっという間にこの世を去っていきました。1859年の8ページの論文と1932年のジーゲルの発見したリーマンの草稿、そしてオイラーの遺産を頼りに多くの数学者の努力はつづけられ、ついにリーマンの主張のほとんどが証明されました。最後に未解決として残されたものこそリーマン予想なのです。それから今日まで158年間、リーマン予想には本質的進展がないことに、驚かされます。

リーマン予想解決へのロードマップ

ゼータを振り返るとオイラーの存在の大きさを実感します。オイラーは持てる道具のすべてを投じて、ゼータを発見し、ゼータに挑みつづけました。そこにオイラーの偉大さがあります。フェルマー予想もそうでした。ワイルズは1994年の数学を総動員して360年の難問に決着をつけました。ゼータの力も必要でしたが、リーマン予想の深さまでは必要としませんでした。

リーマンがリーマン予想を語ってから150年以上経ちましたが、まだ150年です。われわれは「ゼータ関数の零点の分布」をリーマン以上に精確に見るための道具と、それを語るための言葉を持ち合わせていないのでしょうか。確かに、オイラーも断念したゼータの奇数値の問題は、300年を過ぎた今でもなお手つかずのままです。ゼータは想像以上に深いのです。しかし、21世紀のオイラーはきっと現れます。彼は持てるすべての道具を駆使してゼータに挑み、その重い扉を開けるに違いありません。

22世紀、扉の向こう側に立った人類は、扉が開かれるまでの時を振り返り、なぜこんな簡単なことに気付かなかったのかと笑っているのではないでしょうか。21世紀のオイラーはいかにしてリーマン予想を解決するのでしょうか。それはもはやSF(Science Fiction)ではなくMSF(Mathematical Science Fiction、数理科学的空想)というべきものです。

(10年後)2027年、ゼータが一般に知られ始める。
リーマン予想の啓蒙により、社会全体がゼータに大きな関心を持つようになる。小学校でも足し算に加えて、級数、さらには解析接続が教えられるようになる。1+2+3+…=ζ(-1)=-1/12を理解する小学生が現れる。

(20年後)2037年、量子コンピューターが実現する。
ポアンカレ予想の再来が訪れる。ペレルマンが物理学のアイディアを用いてトポロジーの問題を解決したように、異分野融合の研究がリーマン予想に迫っていく。

素数探査が劇的に進む。それに伴い量子コンピューターの登場で予期された公開鍵暗号システムは崩壊する。

SE(システム・エンジニア)のような既存のプログラマーではなく、数学を専門とする数学プログラマーの需要が劇的に増える。

ほどなくして、素数の逆数の和の発散の様子といったそれまでは想像もつかなかった現象を見ることができるようになる。

もちろん、「ゼータ関数の零点の分布」も行われ、リーマン予想の正しさはさらに裏付けられることはいうまでもない。

(30年後)2047年、超ひも理論が「一つの理論」として完成する。
超ひも理論はこの宇宙は数学的に論理的整合性を装備していることをわれわれに突きつけてきた。それはまさに保型関数(モジュラー)であり、種々のゼータの統一といった数論の奥義が宇宙の根源に結びつくことの発見に他ならない。

例えば、なぜゼータのおかげでアノマリーがなくなり有限な理論ができるのか、それまでわかっていない解釈が発見される。さらには超ひも理論の第一原理までも見出されて、標準理論を包括する「一つの理論」が完成する。

(40年後)2057年、量子コンピューターの中にこの宇宙を創り出すことに成功する。
量子コンピューターの実現は、想像を絶するシミュレーションを可能にする。「一つの理論」を量子コンピューターの上で走らせて、この宇宙の仮装実験を行う。

地球や太陽系といった制約を超えた規模のシミュレーションにより、宇宙の法則が仮説として発見される。

(50年後)2067年、宇宙プログラマーが誕生する。
数学プログラマーはさらに物理学と合体して、宇宙プログラマーに進化する。

宇宙プログラマーは、数論を含む数学全般と「一つの理論」をマスターし、量子コンピューター内宇宙を研究対象とする研究者兼プログラマーである。

数学、物理学、宇宙論、計算機科学、論理学、etcといった科学のすべてができるスーパーマンである。

(60年後)2077年、宇宙プログラマーが数学界に旋風を巻き起こす。
量子コンピューター内宇宙からゼータについての情報を得ることに成功する。

ゼータという数学を物理に当てはめるというアプローチが逆転するかもしれない。宇宙プログラマーが作り出した宇宙からゼータの性質を見つけ出すことに成功する。つまり、「数→宇宙→数」ということ。この宇宙を通して数の正体がわかり始める。

(70年後)2087年、宇宙プログラマーがリーマン予想の証明を発表。
ゼータ関数の零点の物理的意味が現在まったくわかっていない。素粒子物理学にこれほどまでに数論が関係しているのにも関わらずゼータ関数の零点だけが例外であるはずはなかった。

「ゼータ関数の零点の分布」が物理学のアプローチで思いもよらない進展を招く。
そして、ついに数論研究者が理解に苦しみ呆然とするリーマン予想の証明が発表された。この宇宙プログラマーこそ21世紀のオイラーだった。

(100年後)2117年、リーマン予想誕生258周年記念。
2087年の証明はゼータとこの宇宙の驚異の関係を示すことになる。

たとえば、宇宙がなぜ見た目4次元であるかがゼータで説明される。未来のサイエンスナビゲーター®は、リーマン予想誕生258周年記念講演「超入門、高校生でもわかるリーマン予想の証明」を行う。


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執筆者ご紹介  桜井進(さくらいすすむ)様
1968年山形県生まれ。
サイエンスナビゲーター®。株式会社sakurAi Science Factory 代表取締役。
(略歴)
東京工業大学理学部数学科卒、同大学大学院院社会理工学研究科博士課程中退。東京理科大学大学院、日本大学芸術学部非常勤講師。
理数教育研究所Rimse「算数・数学の自由研究」中央審査委員。高校数学教科書「数学活用」(啓林館)著者。
2000年、日本初のサイエンスナビゲーターとして数学の驚きと感動を伝える講演活動をスタート。
東京工業大学世界文明センターフェローを経て現在に至る。