時空の旅 ~空間と時間と人間~ 第6回

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2013年3月28日


今回は、「思い」という情報を伝えるものの周辺を旅してみたいと思います。

第6回 言葉 ~「思い」という情報を伝えるもの~

I love you. Ti amo. Ich liebe dich. Je t'aime. 我愛你 愛してます・・。
どれが最も心に響きますか?どれも言われたら嬉しいし、意味は同じはずだけど、なぜか微妙なニュアンスの違いがあるような気がしませんか?

この地球上に住んでいる私たち人間は、多少の骨格の違いや肌の色、生活習慣の違いはあっても、生まれてから死ぬまでのプロセスや必要な機能には大差がないのに、気持ちや状況を伝える最も大切な手段である「言葉」には、どうしてこんなに差があるのでしょう。言葉が同じだったら、もっと通じ合い理解しあえるはずなのに。

旧約聖書には、人が一致団結して塔を積み始めたのを見た神が、言葉を混乱(バラル)させ、互いの言葉が聞き分けられないようにした、とあります。「バベルの塔」の話ですね。なるほど。そういう目的だからこそ、必要以上に通じにくい状態になっているわけですね・・。それでも人は、なんとか相手の言葉を理解しようと努め、また言葉以外のあらゆる手段を使って意思を通じさせようと努力します。卵と蟹の絵を書いて、中国で「蟹玉定食」を注文した人を知っています。

「f=大きく?」

楽譜に書いてある f, p, rit・・や、andante, legato, allegro・・などという演奏指示。音楽記号、音楽用語として学びました。いくつかは覚えていることと思います。f(フォルテ)は「大きく」と覚えましたよね??しかし、もともとこれらは音楽用語でも音楽記号でもありません。交通標識のように誰かが決めたものでもありません。昔、印刷技術がなかった時代(産業革命以前)には、楽譜は手で書き写すしかなく配布先も限られ、曲想は作曲家が自ら口頭や指揮棒で指示していました。
楽譜

ところが、印刷技術の発明により楽譜が大量にコピーされ広範囲に配布されるようになると、曲が独り歩きするようになり作曲家が直接指導できなくなったため、「このように演奏してください」という指示を楽譜に書き込むようになりました。「ゆっくりと」「優しく」「元気よく」「流れるように」など、日常使っている言葉を書き込んだのです。

日本に明治時代、西洋音楽が入ってきたとき、指導者は主にドイツ人でした。「ここに書いてある”Andante"とはどういう意味ですか?」と訪ねたとき、andante とはイタリア語で「前に進む」という意味なので、ドイツ人先生がこういう感じ、と言って歩いて見せたところ、それを見た日本人が「歩く速さで」と理解したのだとか。ドイツ人先生も、ニュアンスを言葉で説明できないので動作で表したつもりだったのですね。でも、それを見た人が違う意味に捉えてしまった・・。Andanteという言葉は、イタリア人にとっては、「そこそこ」とか「とりあえず止まらず進んでいる感じ」というイメージであり、速度を表わす意味はないんだそうです。「歩く速さで」と理解していると、日本人は歩く速さがどんどん早くなっているので、ますますニュアンスが離れていってしまうかもしれませんね。
同様に、f(forte)は、力強さ、思いの深さを表わす言葉です。力強く、あるいは思いを込めて演奏すると結果として音が大きくなりますよね。それを聞いて「f=音量を大きく」と理解してしまったというわけです。

こうしてみると、こういった単語一つでも、その真の意図を的確に通じさせるのは難しいことがわかります。ではこれを記号で表現したら、的確に意図が伝わるのでしょうか?たとえば、crescendo(クレッシェンド)を「だんだん大きく」と書かずに「<」と記号で書くと、自然に感情や音量が増していきます。記号のほうが、クレッシェンドの元々の意味である「成長する、ふくらむ」という要素が直感的に伝わります。

地図記号

私が小学校低学年で「地図のみかた」を習った時・・。
畑の記号=畑: うん、これは「おじいさんは畑に芝刈りに行きました」の「畑」だな。絵本に出ていた。
田んぼの記号=田: うん、前に「コメができるまで」で習った田んぼだな。教科書に写真が載っていた。
くわ畑の記号=くわ畑: ??? これはなんだろう?「くわ」って何・・?地図記号からすると、畑を耕すのに使うアレ(鍬)かな?とりあえず、地面に「鍬(クワ)」が立てかけてあるイメージで覚えとこう・・。
お蚕農家の方には申し訳ありません。私は都会で育ったので桑畑を知らず、本や教科書でも見た記憶がなかったので、当時は全くイメージがわきませんでした。「桑」という漢字は小学校高学年で習うので、ひらがなで「くわ畑」と書いてあったのも、私のイメージの貧困さを増長したのかもしれません。
明治時代に整備された地図記号は、見た目を図式化したり絵や文字を図案化したりして、覚えやすくわかりやすいものとして作られました。くわ畑も桑の木をアレンジしたものです。決して鍬が畑に突き刺さっているのではありません。
地図
大人になってから訪れた白川郷の廃村で桑畑の跡地を見たとき、脳裏に浮かんだのは地図記号:くわ畑マークがいっぱい並んだ地図であり、夕焼けを浴びながら桑の実を摘んでいるふるさとの歌でした。そして逆にその後、地図上に地図記号:くわ畑マークを見つけると、太陽に輝く桑の木と涼やかな風を思い出すようになりました。

絵が伝えるもの

教会にあるステンドグラスは「教会」という空間を特徴づける大切な要素ですが、もともとは装飾ではなく、文字が読めない人々のために聖書の話を絵にしたものです。物語を言葉でなく絵で伝えようとしたおかげで、世界中の人々が内容を理解することができ、素晴らしい芸術を生み、その空間に身を置く者に言葉に依らないメッセージを送ります。これこそ、人に語りかける「空間からの情報」の最たるものかもしれません。文字や言葉は左脳で処理し、絵や記号は右脳で処理するといわれます。同じ情報でも、右脳で処理される方が鮮やかに記憶に焼付き、直接的に心に響きます。「目は口ほどにものを言う」ではないですが、文頭に挙げた「愛してます」の言葉の数々を並べるより、目や動作でサインを送る方が効果あるかもしれません・・。
ステンドグラス


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