地図を編む ~マップル・ルーツをたどる旅~ 第十回

標準

2015年2月27日


第十回 これからも伝えたい地図編集の心(2)

直木賞作家・三浦しをんに、「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 2012年本屋大賞」を受賞した小説『舟を編む』がある。2013年4月に同じ題名で映画化されているので(主演:松田龍平・宮﨑あおい)、こちらをご覧になった方もあるだろう。

舞台は1995年頃の国語辞典の出版社。主人公の辞書編集部編集者が、編著者の老国語学者や同僚たちと数年をかけて、新たな国語辞典を編纂・出版に漕ぎつける物語である。
1995年頃ということで、制作工程は、まだほとんどデジタル化されていないという設定で、用例採集のカードや、原稿のやり取りもすべて紙ベースで行われている。印象的なのは、辞書編集部に受け継がれてきた膨大な量の用例採集カードと、それを果てしなく補強し続ける編集者や国語学者の姿である。思えば、地図の編集というのも、厖大な地物情報を収集し、それを規則に従って検索・閲覧可能な状態に精選・配列するという点では、同じような思考回路の産物なのかもしれない。

地図作成というと、まずは現地ということで、フィールド調査のイメージがある。しかし、収集した地物情報を有意な状態の地図にまとめるためには、机上でのさまざまな資料による校合・編纂工程が必要となる。

その頃の当社地図編集部にも、まだ厖大な紙の資料と格闘する地図編集者の姿があった。

地図は、一般に縮尺が大きければ大きいほど、たくさんの地物情報を掲載することができるが、縮尺が小さくなると掲載する地物は取捨選択して絞り込まなければならない。また、同じカテゴリーの地物であっても、地図上では重要度によって強調表示をする必要がある。そのとき、どのような地物を残し、どのような地物を捨てるか、そしてそれをどう表記するか、という課題がある。当時の道路地図担当編集者は、一般読者が目にする道路地図上にどのような注記を掲載するべきか、日夜資料と首っ引きで、掲載基準作りと現物の地物の収集・吟味・整理・序列化に勤しんでいたものである。

たとえば、「神社や寺院」。日本には、全国いたるところに神社・寺院が存在するが、これをどう収集・掲載するか。当時いた道路地図のデスクは、全国の神社・寺院について詳細な台帳を作成していた。特に文化的、歴史的、観光資源的な観点から、境内規模、遍路系列、開基者、開基年代、参詣者数などの指標を数値化してランクを付けるのである。

また、「山」。国土地理院の2万5千分の1地形図には、たくさんの山の注記が収録されているが、さて、これを10万分の1、25万分の1というような地図上で選択表示し、しかも重要な山は、強調表示にするため、やはり「山台帳」を作り、100名山か否か、地域の名山に入選しているか、当社『山と高原地図』で登山対象になっているか、などの指標を立て、ランク化を図り、表示の参考に供していた。

こうした注記の採録・取捨選択の成果は、当時の出版物たる地図・地図帳に反映されたわけであるが、当社が現在提供しているデジタルコンテンツとしての地図データは、こうした紙の時代の成果の上に構築されているのである。

20150227

図1 昭文社『マックスマップル関西』(10万分の1)京都付近

DBにはランクの高い古刹が無数に収録されているが、小縮尺で表示できるのは、この程度。取捨選択のセンスが試される。

さて、こうした地図編集の思いを込めた当社の地図データであるが、各種地図アプリケーションで効果的な地図表現が実現されているかというと、恥ずかしながらまだまだ最適な効果を出しているとは言えないのではないか。

今後は、本来地図表現に込めていたはずのさまざまな要素を、地図データ側で今一度使いやすく提供できるよう準備を進めるとともに、地図アプリケーション側の皆様との地図表現を課題とした協同を実現したいと思っている。

【参考文献】
『地図ジャーナル』 (No.175) 仲秋号 ~特集:地図を編集するとは? 一時代を築いた編集長たちに聞く~ (一般社団法人地図調製技術協会発行)2014年9月

光文社『舟を編む 特設サイト
※同書は、2015年3月12日に文庫版が出版されるそうなので、ぜひご一読を。


関連記事

第一回 地図の転位と総描について -道路や鉄道の転位-
第二回 地図の転位と総描について -誇張した表現というもの-
第三回 道路の話(1) ―特に「高速道路」の表現―
第四回 道路の話(2) ―「道路の思想」ということ…国道とは?―
第五回 地図注記の表記について ―アイデンティティとのせめぎ合い―
第六回 地図注記の表記について ―「ケ」問題―
第七回 地図が大きく変わるとき(1)
第八回 地図が大きく変わるとき(2)
第九回 これからも伝えたい地図編集の心(1)


飯塚新真(いいづか にいま)様
東京生まれ。1986年、昭文社入社。編集部都市地図課、大阪支社勤務を経て、地図編集部情報課長、SiMAPシステム部長、地図編集部長を歴任。現在、ソリューション営業本部長。