デジタル標高モデル(DEM)の歴史と未来 第三回

標準

2015年1月10日


第三回 DEMの応用例

DEMの広域化と解像度の向上

GISとの融合

DEMで地形の標高や傾斜などを表現し、さらにDEMから水の流下方向、流域面積、水系の分布といったデータを作成した後に、GISのオーバーレイの機能を用いて土壌や土地利用といった他のデータを重ね合わせると、さらに多様な応用が可能となる。その一例が水の流出のモデル化である。DEMにより水がどういう方向に流れるかはわかるが、川の流量がどの程度になるかまではわからない。これを推定するためには、ある場所に降った雨が流出する過程をモデル化する必要がある。DEMが普及する以前は、流域の出口のみで流量を推定する集中型のモデルが使われ、流域の中の詳しい状況は問われなかった。一方、DEMを使うと個々のセルに水がどう入り、どう出るかを検討できる。したがって、より正確な流出の見積もりを流域内の任意の地点についてできるようになった。

このような検討を行うモデルは分布型の流出モデルと呼ばれ、モデルの中では土壌にどれくらい水が浸み込むかといった多様な要素を、植物の影響や都市域のコンクリートの被覆なども考慮して評価する。流出は個々のセルについて求められるが、それを合成すると代表的な支流域では特定の雨に対して水がどのように流出するかといったことがわかる。さらにそれらを合成すると、流域全体の流出もわかるようになる。実際、良いモデルを作ると、実際の流出をかなり上手く再現できる。

DEMと他の色々なデータを重ね合わせる別の応用例として、斜面崩壊の起きやすさの評価がある。たとえば、香港では非常に多くの人が山麓に住んでいるため、悲惨な斜面災害が起こることがあり、防止策が求められている。このため香港で、斜面崩壊をDEMやGISを用いて分析した古典的な研究が行われた。最初に過去に起きた斜面崩壊を空中写真などから判読し、GISに入力した。次にこれをDEM、植生、地質などのデータと重ね合わせた。これらのデータを単純に集計すれば、どういう場所に斜面崩壊が多いかを表現できるが、そこから斜面崩壊の分布を規定する要因をすぐに決めることはできない。たとえば、特定の地質では崩壊が多いが、その地質は傾斜が急な場所に多く分布するかもしれない。そうすると、地質と傾斜のどちらが重要なのかがわからない。この種の問題への対応として、多変量解析を用いてモデルを作る方法がある。

香港での研究では、ロジスティック回帰分析と呼ばれる現象が起きたか起きないかを判定する手法が使われた。崩壊が起きた地点とともに崩壊が起きてない地点もピックアップし、それらの分布と地形や地質との対応を重回帰分析により検討する。ただし、発生の有無の判定なので通常の重回帰式は使えず、ロジスティック回帰を用いる。回帰式ができると、斜面崩壊の発生しやすさの程度を示す地図を作成できる。過去の崩壊は特定の場所のみで見られるが、地形や地質などのデータは全ての地点について存在するため、それらと回帰式から面的な分布図を描くことができる。その結果、まだ崩壊が起きていないが実は危険だと予想される箇所を抽出でき、そこに家があったりすると、まずい状況だといった判断ができるようになる。この種の手法は今や確立されているので、日本を対象とした研究も行われている。最近は、この種の研究に人工知能や機械学習を取り入れて、モデルの精度を高めることが流行っている。
斜面崩壊の例(木曽山脈)

斜面崩壊の例(木曽山脈)

斜面崩壊の発生しやすさの評価事例(黒点が実際の崩壊)

斜面崩壊の発生しやすさの評価事例(黒点が実際の崩壊)

惑星調査

惑星の研究は、DEMが非常に活用されている分野である。火星では無人探査機が地表の物質を採取して調べることも行われているが、地球上のような自由度で科学者が現地調査をすることはできない。そういう時には、リモートセンシングの技術を使ってDEMを作る。物質を採取するような地質調査は難しいので、とにかくDEMを使う。地球上の地形の研究は、日本の場合には主に地理学者が行っていて、地質学者は岩石などを調べている。しかし惑星が対象になると、地質学者も地球物理学者も地理学者も全部DEMを用いて地形を調べる。惑星のDEMも、徐々に質や解像度が上がってきている。
DEMを用いた火星の地形解析

DEMを用いた火星の地形解析

DEMの未来

高解像度データの普及

DEMの歴史は、地形図に格子をかけて行った20世紀前半の研究に遡ることができるが、徐々に利用が増え、今はかなり普及した状態になった。近年DEMが普及した1つの理由として、データの取り方が多様化したことが挙げられる。初期には写真測量の利用が革命をもたらしたが、続いてレーザー、レーダー、SFMなどを用いたDEMの作成も始まり、色々な人が気軽にデータを取れるようになりつつある。

今後は高解像度のデータがますます普及するだろう。その結果、地形の変化の分析が高度化することが期待される。地形がどう変わりつつあるかを知ることは、地形学や防災科学の研究者にはとても重要だが、その検討に使える定量的なデータが従来は少なかった。しかし、一定の時間間隔で精度の良いDEMが取れていれば、地形の変化がリアルにわかる可能性がある。今後のデータの蓄積が重要である。

人工知能やインターネットとの統合の強化

DEMの分析に人工知能や機械学習の導入した事例が増えている。かつては定性的なものと組み合わせて議論していた内容が、より客観的に議論できるようになりつつある。今後はインターネットとの連携も強まっていくだろう。DEMを用いた地図の3次元表示は、Google Earthなどのインターネットのサービスで実現しているが、その種の機能が高度化するだろう。海外では、サイクリングをするとカロリーをどの程度消費するかを、DEMに基づくルートの高低を考慮して知らせるサービスなどもインターネットで提供されている。このようなDEMと生活とを結びつけたサービスが、今後増えていくように思う。

私は長らくDEMを用いて地形を研究してきたが、今研究を一緒に行っている人の多くは若手である。若いメンバーが研究を発展させ、社会に貢献することを期待している。


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【記事について】
コンピュータ上で立体地図を表す際の基本データとしてよく使われるデジタル標高モデル(DEM)。このデジタル標高モデルについて、3回にわたりご紹介しています。(本コラム記事は、空間情報シンポジウム2014東京会場に登壇された小口高様のご講演「デジタル標高モデル(DEM)の歴史と未来」の内容を、ご本人の承諾を得て書き起こしたものです。)
執筆者ご紹介

小口高(おぐちたかし)様
東京大学 空間情報科学研究センター センター長 教授
(略歴)
専門は、地形解析、地形発達史、土砂生産・輸送、水質、古環境復元など。
1963年長野県出身。東京大学理学部と同大学院で地形学を学ぶ。1998年の東京大学空間情報科学研究センターの発足時より同センターに勤務。2009年より教授。2014年よりセンター長に就任。